第175話 狩人狩り

全員の手元に黒い羅針盤(のようなもの)が渡された。


ギムリウスの嗅覚、ヴァルゴールの使徒を「臭い」と感じるエネルギーを感知して、その方向を針が指さすマジックアイテムである。


羅針盤のようなもの、と言ったのはそれはせ正確には「盤」ではなく、滑らかにめカットされた球体であり、ヴァルゴールの使徒を指し示す針は、その中に満たされた液体の中に浮かんでいた。


開発したのは、ギムリウスとロウだ。




とんでもない伝説級のアイテムには違いないが、常識のないギムリウスは、近日中には全員分を用意いたします、と言い切った。




ルトやフィオリナは顔を見合わせた。


「全員って、まさか・・・」


「冒険者学校全員・・・生徒と職員です。」


ギムリウスは、二人の顔を見て明らかに誤解をした。そして申し訳なさそうに言った。


「すいません。さすがにランゴバルドの全人口は無理です。たぶん・・・一月くらいはかかります。


製造もさることながら、配るのに時間がかかります。分体を増産すればいいと言うかもしれませんが、あれはあれで、エネルギーを要します。」


ルトはランゴバルドの夜空に無数の蜘蛛が、珠を抱えて飛んでいく姿を想像した。

うん、ダメだな、やめよう。やめた方がいい。


アモンは、「神竜騎士団」用に、リウは「魔王党」用のものを用意するようギムリウスに要求した。


逆に全員分は必要ないだろう、と。




ドロシーとエミリア、アキルにも「羅針盤」は渡されたが、もっぱらそれは、使徒から「 逃げるため」に使うよう、ロウは強調した。


もっぱらポーカーフェイスを貫いているドロシーはともかく、エミリアとアキルは明らかに不満そうだった。


ドロシーは、郊外の宿で待つジウルのために二つ、珠をもらってロウの部屋を後にした。


校門を出るドロシーの足取りは重かった。


ルトと話をしたかったが、何を話せばいいのか、わからない。


いや、何を話しても彼が聞いてくれるのは、わかっていたが、お姫さまが・・・


フィオリナがうれしそうにニヤニヤしているところでは、何も話したくなかった。




ジウルと自分が医学的な観点からは結ばれたわけではないことはついに話しそびれた。だってあんなにひとがいるところでどうやって、話せっていうの!!


身体の火照りは怒りによるものか、それともルトにあった為かは分からない。

少なくとも、かなり戦闘的な気分にはなっていた。

こうなってしまったは鎮めるのはひとりでは無理だ。ジウルに手伝ってもらうか。



戦うか。。




もともと、ドロシーは、ランゴバルドの育ちである。。


冒険者学校に通っていなくてもあたりの地理は目をつぶっても歩ける。


だから、持たされた「羅針盤」の針が動き始めたときに、わざわざ人気のない通りにすすむ必要はなかったのだ。


「街のひとに巻き添えをださないようにするため」


という自分への言い訳を考えながら路地を曲がる。




4階建ての建物の間の隙間。


いや隙間といっては失礼だ。細めの路地であり、子供ならばラクにすれ違うこともできただろう。


道はこの部分は舗装もされておらず、かび臭い土の臭いがはなをついた。




真ん中ほどで立ち止まって振り返った。


羅針盤の針が震えている。


それはよほど、使徒が近くにいるときの現象だと、さっき教わったばかりだった。



針が震える先には、モノクルの伊達男が立っていた。

裾が、広がった襟の高いスーツは、ランゴバルド風。

浅黒い肌は、聖域でも南西部を思わせた。黒い瞳に黒い髪。


「校門から付けてきたんだ。」


声もいい。まるで身体の芯を震えさせるような、声だ。


ジウルと同じ強者だ。


わたしをぐずぐずになるまで溶かしてくれる!




「だから、冒険者学校の生徒かどうかなんて聞かない。もし違っていたらきみの死体に謝ろうと思う。」




コロシテ!!




出来るだけいたぶって殺してもらうためにはこちらも攻撃しなければダメだ。

ジウルにそう教わった。


まずは、相手を小馬鹿にするような軽い攻撃。

例えば。


あえて、詠唱破棄はしない。短縮詠唱による呪文はわずかに効果がさがる・・・が、詠唱破棄、ほどではない。


風の刃が、男を襲う。


意外に思ったのか、男は一歩ひいて、それをかわした。


「格好と筋肉のつき方から、格闘術、かと思っていたが。魔法使いなのか?」




「・・・・」


身体の中に魔力を通す。

全身が膨れ上がる感覚。広げた両手の中に、氷の固まりが生まれる。




「な、にを。」




コロシテ!!!




一抱えもある氷をそのままぶつけるように、前進した。


男が・・・それが、邪神の使徒であることは間違いないだろう。

どんな攻撃をしてこようが、氷塊が盾になってくれる。



男の顔がひきつった。



コロシテ。



男が投射した岩塊が、氷を砕いた。砕いた氷を貫いて、蹴りを放つ。かわした男の頬がざっくりと裂けた。蹴った足には、氷の刃をまとわせていた。




コロシテ。




踏み込んだ足を軸に身体を捻る。


螺旋の形に魔力を打撃に伝える。




男がステッキを抜いた。仕込み杖だ。細く鋭利な剣だ。


組んだ両手に集中した魔力の固まりは、その剣を二つにへし折って男の胸を叩いた。




中でなにかが折れる感触。


筋力も部位鍛錬もたいしたことがないのは、わかっている。しかし、魔力を打撃にのせることでそれを補う。


男の胸が、拳の形に凹んだ。




垂直に伸びたけりが、そのあごを真上にはねあげた。




よろよろと男がよろめいたところに、無詠唱で電撃魔法を打ち込んだ。




ギムリウスのスーツがない状態では、密着しての電撃は無理だ。


だが、これでも十分近い。近すぎる。


逆流する電撃のダメージは、魔力による防御力の強化で打ち消した。




さあ。




ドロシーは、期待に胸を膨らませた。


反撃してください。


わたしをめちゃくちゃにして。




男は、よろよろとそのまま後ずさりして、ぺたん、と地面に尻もちをつくようにして倒れた。




え?

どうしたの?

わたしを攻撃してくれないの?

わたしはそんなに価値のない女なの。




踏み出そうとした足はしかし、地面から離れなかった。

地面から飛び出した植物の根が、ドロシーの足にからみついている。



もう片方の足に形成した氷の刃がそれを叩き切った。


だが、そのときには、さらに飛び出した根がドロシーの身体に絡みついていた。

四肢に絡んで動きを封じ、さらに胴体を、胸を、首を締め上げる。




もっと残酷に。

もっと無惨な姿にされたいならば、常に抵抗を諦めるな。




ジウルの声が、ドロシーの脳内に響いた。




魔力循環。


筋力の増大へ。



ドロシーの両腕に巻き付いた根がちぎれ飛んだ。


さらに首を締める根を掴んで引きちぎる。




ドロシーの顔は。




恍惚に歪んでいた。





コロシテ。




電撃魔法は、紫電となって男を打ちのめした。


地面に転げた男の身体がびくびくと跳ね上がる。




コロシテ。




根から引き抜いたドロシーの足がその頭を蹴り上げる。




三度目の蹴りは、見えないなにかに阻まれた。

男が立ち上がる。

その顔に打ち込もうとした拳もまたなにかに阻まれた。




糸・・・これは・・糸。




薄暗い路地は、半透明な蜘蛛の巣に覆われていた。




「小物ひとりになにを手間取っている。」

逆しまに、なにかにぶら下がるように現れた頭巾の怪人が、男にそうののしった。


男は苦笑いをして立ち上がる。


全力で打ち込んだ打撃。

氷の刃で付けたはずの傷も、魔力撃も、電撃も。まるでダメージのあとがなかった。


「未熟ではあるが、非常にユニークな戦い方だ。

師はなんという? 娘よ。」



「ジウル・・・・と、ルト。」




ころ・・・し・・て




呪文を詠唱しかけた口に、喉元にまで、木の根が突き刺さった。

吐瀉物で、のどがふさがった。呼吸ができない。


使徒たちは顔を見合わせた。




「この者の師匠ならば、会ってみたい。もし冒険者学校の関係者ならば『贄』として十分資格があるだろう。」


「ならば生かしてとらえるか?」


新たなる怪人、12使徒ゴウグレの指先に爪ほどの小さな蜘蛛があらわれた。

幾重にも蜘蛛の糸に巻かれえ身動きもできずに、えずいているドロシーに、ふわりと移動すると、蜘蛛はもっとも潜り込みやすいところをさがして、彼女の身体に潜り込んでいった。



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