第171話 対策会議
ネイア先生は、本当にところ構わず、ぼくを呼びにくる。ネイア先生が、ということはイコール、ルールス分校長が用がある、ということなのだが、逆にいえば、ネイア先生が呼びに来ないで、ルールス分校長に呼ばれるのは珍しい。
呼びにきたのは、似合わない小姓服に身を包んだ若者だった。
ホームルーム中のクラスにずかずかと入り込むと、ぼくの名前を誰何した。
ぼくが手をあげると
「すぐについて来い。ランゴバルド伯爵がおよびだ。」
と言った。
ぼくも多少の知識は蓄えている。ランゴバルドは王国であるが、首都のランゴバルドは、独自の行政組織を持っている。
というより、ランゴバルド王国の首都ランゴバルドがあまりにも大きくなってしまったので、ここを管理するための組織は、国全体を管理するのと同じくらいの規模が必要だ。そこを統括する地位をランゴバルド「伯爵」という。
権力は絶大だ。
ランゴバルド唯一の正規軍である「自衛軍」とその下部組織である「保安隊」の最高指揮官であると同時に、ランゴバルドの都の徴税権をもっている。
保安隊は通常時には、警察に相当する役目についているから、街の治安も一手に握ってることになるのだ。
ただし、「伯爵」とついているが、世襲ではない。
要職なだけに、任期は8年とながいものの、お飾りの人物に務まるものでは無いのだ。
行き先はいつもの、ルールス先生の執務室だ。
はじめてお目にかかるランゴバルド伯爵は、40そこそこ。
執務官としては脂がのった時期なのだろう。
一応、貴族に対する礼として膝を着いたお辞儀を行った。
ランゴバルド伯爵は、怪訝な顔でぼくの後ろを見やる。
ぼくをここに連れてきた若い男は大慌てで答えた。
「ルトどの、ひとりでとのことを申し上げたのですが、大事な婚約者を一人で行かせる訳には行かぬ、どうしても付いて来られるとおっしゃって・・・」
「失礼ながら・・・・」
ランゴバルド伯爵は居住いを正した。
「クローディア大公国の姫君だ。唯一の嫡子でもある。フィオリナ姫だ。」
ルールス先生が言った。
ランゴバルド伯爵が、ルールス先生を睨んだ。
「そのような報告は受けておりませんでしたが?」
「正規のルートであげた、さ。大方、おまえのところの事務処理が遅いのだろう?」
「で、この少年がその婚約者と・・・・」
ランゴバルド伯爵は、立ちあがって自分も礼を返し、ぼくたちに座るよう促した。
その後で、恨めしそうな顔で、ルールスを睨む。
「その報告もいただいておりませんでしたな、ルールス先生。」
「そちらは本人が申告しなかったのだからしょうがない。あくまで一介の冒険者としてこの国を訪れ、冒険者資格が使えないために冒険者学校の門を叩く。西域、中原以外の地域からの冒険者には、よくあることだろう。」
「な、ならば即刻、冒険者証の発行を・・・・」
「それが、それ。」ルールスはものすごく意地の悪い顔でニタニタと笑った。「残念ながら、ルールス分校には卒業生に冒険者資格を与える権限がないのだよ。今のところ。」
「現学長のジャンガ一派の嫌がらせですな。」伯爵はうめくように言った。「しかし、それは学長選挙に負けたあなたの責任ですぞ。」
「まあまあ、ご両名とも!」
ぼくはニコニコしながら仲裁に入った。
「今はそれよりも、ヴァルゴールの使徒への対策を立てましょう。
そのために、ぼくは呼ばれたんですよね?」
「その通りだ。ルトどの。失礼ながらクローディア大公国をフィオリナ姫が継がれた際には、あなたがその配偶者となられるのだろうか?」
「突然、殿下と呼ばなくても結構ですよ、閣下。」
「ならば、わたしも家名ではなく、アルフェスと呼んでいただこうか。フィオリナ姫もよろしいかな?」
「北のグランダにも多少のお噂は。」フィオリナは怖くない方の笑顔で、ランゴバルド伯アルフェスに向かって微笑んだ。「聖帝国の干渉に毅然とした態度を崩さない傑物のお話は耳にしたことがありますわ。」
ランゴバルド伯爵アルフェスが、並以上の人物であることは間違いなさそうだった。身分についてのあれこれ、ぼくやフィオリナがここにいることについての詮索はそれで終わってあとは、ヴァルゴールの使徒対策に話は移った。
ヴァルゴールは言わずと知れた邪神。その属性は契約と隷属。
定期的に生贄を要求するその信仰形態から、邪神と呼ばれてはいるが、逆にその力を欲するものは後を立たず、聖光教の本山であるミトラでさえもその影響から脱することはできない。
各地に「使徒」と呼ばれる地域の管轄者を置き、生贄をその地域から選別させる習性がある。
中でも大きな地域を管轄する有力な「使徒」を「12使徒」と呼び、その力は古竜に匹敵するという・・・・
「12使徒がその管轄地域を広げようとして、他の使徒とぶつかるときに『血の祭典』を起こす。
百年ばかり前までは、殺した人間の数で競うその祭典のため、街がそっくり壊滅したり、国が滅んだりすることもあったようだ。
だが、近年では、殺戮の対象を狭め、単純に数を競うことは無くなっているらしい。」
「的に当てられたその『対象』とやらには迷惑極まりないですけどね。」
ぼくは言った。
「今回は、なんですか? 10代の少年少女とでもいうのかな?」
「もう少し、狭そうだ・・・・ランゴバルド冒険者学校の生徒。」
「それはまた・・・・」
ぼくはフィオリナの表情を伺った。フィオリナはなんとか歓喜の表情を隠しせている。
「活動を確認しているのは、二名だけだ。」
「ぼくとフィオリナはどっちともあってますよ。」
「そうだった。なので、ルールス閣下に君達を読んでもらったのだが・・・」
「ルールス閣下!?」
いくらなんでもこれは聞いておくべきだろう。
「先生は、ランゴバルドのなんなんですか?」
「これをいうと年齢のことに触れざるを得ないので、あまり言いたくはないのだが。」
アルフェスは、ルールスの表情を伺いながら答えた。
「先々代の王の姉上にあたる。ちなみにわたしの叔母だ。ただ叔母さんと呼ぶと機嫌が悪くなる。この年になると姉さんをつけても機嫌が悪い。なので他人行儀ではあるが、『閣下』をつけている、とまあ、そんな感じだ。」
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