第170話 邪神の意思

アレクハイドは、戦いにおいては巧者である。

もちろん、もっとも得意とする戦いは、隙をついて相手を蹂躙するものだったが、そんなふうに始まった戦いも、思うように展開しないことが往々にしてある。

それをよく知るアレクハイドだからこそ。


彼が作り上げた「根」が、そのコントロールを失ったとき。速やかにそれを枯らすことを選択した。

だから、自分で自分の武器に打ちのめされる愚こそ犯さなかったものを。

同時にそれは、拘束した冒険者学校の生徒たちを解放してしまうことになる。


彼はまるで強大な吸血鬼が、相手の生気を吸うことで相手を支配化におく、という能力に近いそれを使った相手を忌々しげに睨んだ。


相手は、コートを翼のように広げて、空中に静止していた。

口から、枯れた根を吐き出してから、腹を貫いた根を引き抜いた。


ああ、せっかくのセーターが。


と、ぼやく美貌は、間違いなく吸血鬼のものだった。しかも爵位持ちの。

彼女を含め、6人。

彼の「根」の攻撃をかわしたものがいる。


腹部を貫かれた吸血鬼を除いては、全員が全員、かき氷の器を手放していない。

なんだったら、食べるのを再開しているものさえいた。


そのほかの生徒たちはさすがに、器を放り出し、再び呪文の詠唱に入ったり、武器を構えて、こちらを伺ったりしている。

何人かは、校門から中に駆け込んだ・・・・逃げたのではない。事態を職員なりに知らせに走ったのだろう。

正しい判断だ。

戦うか、退散するか。


アレクハイドは忙しく頭を働かせた。

おそらく吸血鬼一人でも、圧倒するには時間がかかる。

小柄な少女が、棒を構えて走り寄る。はやい!

筋力、スピード共に人間の範疇を超えているわけではないのだが。走り始めるための予備動作が見えない。

いわゆる・・・達人というわけか。


「萎えよ。」

アクレハイドは命じた。

少女がよろけた。そのほかの生徒たちも座り込んだり、ひっくり返ったりと皆が皆、戦う力を失くす中、平然とかき氷を食べ続けるものもいる。


「助けなくて大丈夫なのか?」


女王のごとき、威厳を持った美少女が、傍の小柄な少年に尋ねた。


「対象人数が多いせいか、この前のやつの方が術が上なのかはわからないけど。」

一応、周りを見回してはいるものの、意識はかき氷に集中している。

「一時的に力が抜けた、だけのようだ。時間が経てば勝手に回復する。」


「エミリアは、この手の術への抵抗の仕方を覚えさせた方がいいな。格上の相手に対峙するたびに、この様では先が思いやられる。」


「勝手なことを」

小柄な少女が叫んだ。棒で体を支えるようにして起き上がる。

口元から鮮血が溢れていた。おそらくは唇を噛み切ってその痛みで、アレクハイドの「命令」に抵抗したのだ。

手に持った棒を縦に旋回させつつ、地面に叩きつける。

のたくる炎の蛇が現れた。


朱色の鎌首を、もたげてアレクハイドを狙う。


まったく。

苦笑するアレクハイドであった。

ならば、火には火。業火をもって燃やし尽くすか。


その後頭部が、はたかれた。


ダメージは、ない、と言えば、ない。

だだ、戦いの場においてまったく思いもかけないところからの一撃が、彼に心理的なダメージを与えたのだ。

振り返ると、さきほどの少女が、くつを脱いで仁王立ちしていた。

アレクハイドの後頭部を叩いたのは、彼女が手に持った靴の踵らしい。


「わたしの友だちにひどいこと、するのは許さない。」


少女は怒っていた。


「これはすまない。勇敢なお嬢さん。」

アレクハイドは微笑んだ。

「わたしのせいで、かき氷が台無しだ。」


そう指摘すると、少女は椀を落としてしまっていたことにいま気がついたのか、ああっ!もう!と間の抜けた声をあげてから、アレクハイドを睨んだ。


「わたしのかき氷にひどいことを。」


うむうむ。

友達とかき氷がほとんどニアな存在か。


「12使徒だとか、言ったね。」


制服をノースリーブに、改造した美女は、おそらくは竜人、だ。胸を除けば全体にすっきりとよく、鍛え上げているが、筋の密度が違う。


「ヴァルゴールとはまったく縁がないわけじゃないし、そもそもクリュークを潰したのはわたしなので、今回の件は少々、責任も感じている。」


小柄な少女の放った炎の蛇が、まるで甘えるようにその体に、まとわりついた。

発現した魔法のコントロールを奪ったのか!


竜人はその体に宿すバワーの違いから、力押しを好むものが多いが、こいつは魔術師のようだった。


蛇の頭をかるく、ぽんぼんと叩いてやる。


それだけで炎の蛇は、数十倍にふくれあがった。

巨大な顎は、牛でもひとのみにするだろう。


「一応、聞いておく。ヴァルゴールの血の祭典とやら、取りやめにして出ていく気は無いか?」

アレクハイドは、傍らの街路樹に手を着いた。

その体が。いや、身を包むスーツさえもが樹木の色に同化していく。殺到した炎の大蛇は、街路樹に巻きついた。あっという間に松明と化した街路樹ではあったが。


「おいおい、逃がしたぞ。」


美女・・・アモンは舌打ちした。


「ゴウグレとかいう、こいつの仲間は雨に同化して逃げた。」

小柄な少年、ルトはアモンなぐさめるように言った。

「こいつは、植物と同化できるらしい。そして、ここいら一帯の街路樹はすべて地下茎が一緒だ。」

「逃がした、というわけか。」

アモンが吐き捨てるように言った。


「そうだな。

与えたダメージは、アキルがぶん殴った一撃だけだ。」

異世界の少女は、まだ興奮冷めやらぬと言った様子で、かき氷が、と呟いている。

その肩を、ルトが、たたいた。


「ということで、勇者アキル。初陣の勝利、おめでとう。」

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