第168話 怪奇!呪いの紅蜘蛛の館~に訪れた蜘蛛たち(下)
ドーム型の天井は、蜘蛛の巣に覆われていた。
そこに目的の「モノ」はいた。
マントに頭巾。
邪神ヴァルゴールの12使徒。血の祭典の仕掛け人、ゴウグレ。
ギムリウスは、それを見上げた。
ドレスは、あちこち穴が空いている。
おそらくは十代初めの少女を模したのだろう。薄い胸はわずかに膨らみをもっていた。
華奢で可憐で、儚げで。
「何をしにきた。
おまえには関係のない話だ、ギムリウス。」
それは、声ではない声。
顎のきしり、牙を噛み鳴らす音で構成された言語である。
「ヴァルゴールの祭典を催すときいた。ならば、ランゴバルドにいるわたしにも無関係ではありえない。」
ギムリウスは人間の言語で答えた。
「誤解を解こう、ギムリウス。」
怪人はそのままスッと、巣から1メトルばかり、吊り下がった。
「往年のような流血の数を競うことは、しない。
今回の宴は、その目標となる相手を絞っている。ランゴバルドの人口を左右するものではなく、当然、街としての存続にかかわるようなことは一切ない。
それどころか、街の治安にすら影響はないだろう。」
沈黙するギムリウスを肯定ととったのか、ゴウグレは続けた。
「今回、われわれの標的は・・・ランゴバルド冒険者学校の生徒のみ、だ。
おまえがなんのために、魔王宮をでて、この街にいるのかは詮索すまい。互いにたもとを分かった身だからな。
この条件ならば、少なくともおまえに直接の利害はないはず」
「わたしは冒険者学校の生徒なのだが。」
奇怪な蜘蛛の生命体は、沈黙した。
いや、奇怪な蜘蛛の生命体は、三名とも、であった。
「・・・・はい?」
「なるほど!」
少女は、ポンとかわいい手をたたいた。
「わたしはこれから、おまえに襲われるわけだ。これに抵抗するだけなのだからこれはアレだ。『正当防衛』というものだ?な。」
可憐な少女は安心したように頷いた。
「正直、敵ではないおまえを蹂躙するのは、気がとがめていたのだが、これでなんの憂いもなくなった。」
「はい?」
張り巡らした糸は、いっせいに凶器と化した。
天井に張り巡らされた巣を構成していた糸は、そのすべてが斬撃と化して、二人を襲う。
床を突き破り、現れた氷柱がそれを阻む。いや、抵抗は一瞬だけだ。
氷の柱は次々と砕ける。
ゴウグレの蜘蛛の糸は、カミソリの鋭さと斧の重さを兼ね備えていたのだ。
くだけた氷の欠片は、空間を埋め尽くした。
それがすでに、ギムリウスの術にはいっていたのに、気がついたのはゴウグレならでは、なのだろう。
彼は、そのまま天井を突き破り、回避に移った。
続いて、天井を含めた寺院そのものが崩壊した。
その中から、放出される虹色の怪光線を、ゴウグレは、張り巡らした糸を使った立体機動で躱していく。
なにが?
どうなっている。
ここを。
疫病で、ほとんどの者が退去したあとのスラム街に根城をはったのは、蜘蛛の習性として「巣」をもちたかったからだ。
彼のつくったユニークたちの能力。死体にしこんだ蜘蛛で死体を自在に操る能力を発揮できる死体もごろごろしていた。
魔王宮については、もう彼はまったく関心さえ持っていない。彼は新しい「主人」である邪神ヴァルゴールを見つけ、神のお告げにしたがって、各地で「生贄」を捧げてきた。
「12使徒」と呼ばれ、独自の贄地をもつようになってからは、ミトラを中心に活動してきた。
光が強い分、闇も深いかの地は、彼の力を大いに増してくれた。
それこそ、かつての主である「神獣」の力に匹敵するまでに。
西域の北部では、ミトラと並ぶ大都会であるランゴバルドは、同じ12使徒のクリュークが長く務めていた。
人間の平均の寿命はどれほどなのだろう。
百年?
それにしては、クリュークと名乗る使徒の在籍年数が長すぎるような気がした。
強い魔力をもつものは、平均よりもはるかに長い寿命をもつことがあるという。それにしても・・・。
そのクリュークが北の地、グランダで重傷を負ったという。
クリュークの表の顔、銀級冒険者にして「燭乱天使」のリーダー。
その中枢メンバーは、いずれもヴァルゴールの使徒となっていた。
紋章を刻んだ相手を狂死に追いやる「絵師」ニコル。
その紋章を刻まれても死なず狂わず、そこから力を引き出す「カンバス」リヨン。
古竜をも葬る屠竜剣をふるう剣士「竜殺」ゴルバ。
神獣をも召喚するという「神獣使い」ラキエ。
独自の守護獣を駆使する「聖者」マヌカ。
ありったけの戦力を投入した戦いは、クリュークとリヨンが再起不能な重傷。
竜殺ゴルバは、獲物の屠竜剣を失い、マヌカとラキエもそれぞれ負傷したという。
相手は、はたして何者か。
闇森のザザリ・・・五十年前に没したはずの伝説の魔女が蘇ったのだというものもいる。
もっと信憑説がありそうなのものは、魔王宮でその階層主と戦った、というものがある。
ゴウグレは、考えた。
これは・・・・
いい。
実にいい。
神獣たるギムリウスを葬れば。
そのひとつの命は「葬るべき価値のある生命」に違いない。何百人の冒険者学校の生徒を屠るよりもそれははるかに。
ゴウグレは魔道を発動する。
「崩れ行く塔」。
寺院の上空に燃え盛る尖塔が現れた。
膨大な質量をもったそれは、ばらばらに崩れ落ちながら、スラム街区そのものを押しつぶそうとしていた。
全力のギムリウスではない。
義体のヒトガタに閉じ込められた哀れなギムリウスだ。
いまなら殺せる。いまなら倒しきれる。
ギムリウスは転移で逃げるだろうが。
だが、崩れ落ちる石塊を蜘蛛の糸が、それを押し留めた。
おそらくは、ヤホウの魔法が、火を消し止めていく。
“いや『崩れ行く塔』という魔法なんだが”
転移の準備にかかりつつ、ゴウグレがぼやいた。
ギムリウスの糸が、崩れてた塔を組み立てていく。それは、そのまま。
そっと。
実にそおっと、スラム街に置かれた。
寺院のあった場所。その周りの数件の家々がその犠牲となった。だが、衝撃波すら。ギムリウスの糸が吸収していく。
ゴウグレは「転移」を完成させた。空間が歪み、彼の身体を飲み込む。
・・・・
あるいは彼一人では無理かもしれない。だが、ほかの12使徒をぶつけて弱らせれば、十分に勝機はある。
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