第167話 怪奇!呪いの紅蜘蛛の館~に訪れた蜘蛛たち(中)

壁も蜘蛛の糸。

床も天井も蜘蛛の糸。

椅子やテーブルといった家具類。

いや、空間にも蜘蛛の糸はびっしりと張り巡らされている。


これが、彼ら。

ギムリウスとヤホウが、ここにたどり着くのに「転移」を使わなかった理由である。

建物の内側は、それ自体が巨大な蜘蛛の巣といってよい。


それ自体が罠となって、訪れるものを待ち受けていたのだ。


「そんなことはすべてお見通し、というわけだ。」


ギムリウスが自慢げに言った。

いや、全身を糸に巻かれてそんなことを言われても。


メイドたちが唖然としている。

いや、唖然とした相手をののしり、泣き叫ぶ獲物を恐怖におとしいれるのが、彼女たちのおもてなしなのだが。


「しかし、粘着力の高い糸ですな。」

ヤホウの衣装・・・マントと頭巾にも糸はからまり、へばりついて、離れない。

「強度はそれほどでもありませんが、べとべとが酷すぎます。わたしのコスチュームが台無しです。」


「それは校内でも必要なのか?」


「はい。一般生徒に対する授業中には、必ず着用するようにと。」


「そうなのか?」


「脱いでいいのは、生徒に罰則を与えるときだけだそうです。

このコスチュームを脱いで、『食べちゃうぞ』と言うそうです。」


「それが、罰になるのか?」ギムリウスは首を傾げた。「食べちゃうぞは、一種の愛情表現としても口にされる言葉だ。」

それは今日の授業でならったばかりのところで、ギムリウスは覚えたばかりの知識を披露したくてたまらなかったのだ。


「愛情表現ならば、その対象外のものから言われたら、一種のいやがらせ、精神的な屈辱を与えられたととられる場合があるはずです。」


「さすがはヤホウだ!」

ギムリウスは大きく頷いた。

「これは、一種のセクハラということだな!」


「なにを話している!」

短髪のメイドがさけんだ。口からは長い牙が飛び出し、耳までさけている。

「ナニモノだ、おまえたちは!」

おさげのメイドがわめいた。

額に3つ目の目が開いている。


「用事があるのは、おまえたちの主だ。」

ギムリウスは、完全に上からの目線で、メイドに言った。

たしかに創造主たるギムリウスから見れば、彼女の創造物であるゴウグレが作ったのが、彼女たちだ。

上から目線は無理も無いのだが、なにせ糸はさらにからまり、すでにギムリウスは首から下が全く動かせない状態だった。

その状態でも強気な発現というのは、かなり気味が悪かったらしく、サッと手を挙げると、小型の、全身が紅色の蜘蛛の大群が現れた。


糸を伝って、ギムリウスとヤホウに殺到する。


「い、痛い!」


ヤホウが叫んだ。

「こいつらはわたしたちの皮膚を侵す毒物を放出します。」


「自分で治癒しろ。この程度ならば再生能力のほうが上回る。」


もともとが義体のため、身体に加えられる損傷にて冷淡なギムリウスはそう言ったが、生身の身体をかじられるヤホウはそうはいかない。

彼(あるいはそれ、)が選択したのは、凍結魔法だった。


さすがの紅蜘蛛たちも凍らされると活動を停止した。

糸もよほど低温にさらされると粘着力がなくなるのか、なんとかソファで会った糸の固まりから身体をもぎはなした。


紅色の蜘蛛は、さらに続々と姿を表すが、噛みつかれ、毒液で身体を侵さっれるまで待つ必要はない。

ヤホウの顎がきしりと、白いパウンダーに似たものが、撒かれ、それにふれた糸も蜘蛛も凍結していく。


「うんうん。」

ギムリウスが、いつもより無表情に見えるのは、このメンツでは、人間の顔の表情でコミュニケーションをとるべき相手が誰もいないせいだろう。

それでも、呆然とするメイドたちをみる目には、どうしようもない冷たさを感じさせた。

「これが、知性というものだ。

おまえたちはいったいなんだ?

主に助けを求めるわけでもない。自らが抗うわけでもない。」


「なんだ? おまえたちはなんだ?」


「さっきから、同じ音声を繰り返すだけだ。これでは知性のあるユニークとは言えない。

おまえたちは失敗作だ。」


ギムリウスの身体を覆う糸が溶けていく。立ち上がったギムリウスの服は、ところどころが、紅蜘蛛に食われ、無惨なありさまではあったが、そのしたの身体にはまったく傷は見えない。

サングラスをはずすと、額に二箇所、頬に二箇所、あらたな瞳が開いていた。


「消滅すべきはおまえたちの主だ。それを呼ぶ役目は、おまえたちにある。

だが、それさえしないのならば、存在の意味はない。」


虹色の光が投射された。

それ自体には破壊力はない。


対象物を、引き寄せるか。または吹き飛ばす効果しかない。

そして、メイド蜘蛛の一体の頭と身体に。もう一体は右手と左手に命中した。


バラバラになったメイド蜘蛛の体液が放出され、破片が飛び散った。


「体内の組織は人間というよりも蜘蛛ににておりますな。」


ヤホウもその体液の一部を浴びたが、それをあまり気にする様子はない。


「本体はかなり小型です。身体のうえに人間の皮膚を貼り付けただけの代物です。

表情も肌の感触もふくめ、そう長時間、相手を騙し通せるものではない。

出来はよくないです。」


ギムリウスは、口をあけると銀の粉のようなものを吐き出した。


部屋を覆った糸が溶けていく。


「糸の質もギムリウスさまのものからは、かなり落ちますな。」

「あたりまえだ。」


糸がなくなってみるとそこは、ただの荒れ果てた一室だった。礼拝に参加するものが一時的に待機するための小部屋だったのだろう。

蝶番の壊れたドアをそままむしり取って、そのまま礼拝堂に侵入する。


別に戦闘用につくった義体ではなくても、ギムリウス自身が自分のために作ったものならこんなものである。

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