第166話 怪奇!呪いの紅蜘蛛の館~に訪れた蜘蛛たち(上)
ギムリウスのヒトガタ・・・つまり、人間の姿に寄せた義体は、それほど頑丈なものではない。
それでも、尖った金属片・・・ナイフとよばれるものに刺されたくらいで、ビクトもするものではなかった。
ギムリウスの薄い胸の下あたりの皮膚をわずかに凹ませたナイフをそのままに、ギムリウスは、手を相手の男の頭に伸ばす。くちゃくちゃに乱れたまばらな頭髪に手をおいて、顔を覗き込んだ。
目は片方が空洞。眼球が残っているほうも、白く濁っていて視力はなさそうだ。
脈拍なし。呼吸なし。
つまりこいつは死んでいる。
男の身体の内側から、炎がふきあがった。
一瞬、遅れて、男の口から黒い蜘蛛がとびだした。手のひらほどのサイズの蜘蛛は、火がついたまま走り去ろうとしたが、ギムリウスの手がそれを捕まえた。
「死体を中から、それが操っていたんでしょうな。」
ヤホウが、興味深げに蜘蛛を見つめた。
火に包まれた蜘蛛は、それでも旺盛に抵抗を見せる。
ギムリウスの指にかみつき、ひっかき、その手からのがれようともがいた。
「生きた人間を操れるならば、それなりに意味はあるのだろうけど?」
ギムリウスは首を傾げた。
「神経系を無理やり支配することは出来ますが、あまり意味はないでしょう。」
ヤホウは、考えながら言った。
「ある種の錯覚により、本人が自分の意志で行動していると思いこいつつも、こちらの思惑通りに動かす・・・これは精神支配によるもので、必ずしも体内に媒介を置く必要性があるとは思えません。」
「必要なときに始末できる点で優れているのでは?」
およそ、倫理観などまるでない怪物たちは、おそろしい会話をしながら、薄暗い路地を進む。
ギムリウスの手の中の蜘蛛。
必死に抵抗を続けるそれが、逃げようとする方向。
それが、もがきかたでギムリウスにはわかるのだ。
ならばその方向に首魁はいるに違いない。
かつて彼らとたもとを分かったユニーク個体“ゴウグレ”が。
もとは、かなり栄えた寺院だったのだろう。
崩れ落ちてはいるものの、塀に使っている石はかなり上等なものだった。
入り口までの階段もほぼ、残っている。
手を話すと、蜘蛛はぶすぶすと燃えながらも階段をかけあがっていった。
その蜘蛛を女の足が踏み潰した。
「卑賎なる蜘蛛が、このお館に足を踏み入れるとは。」
髪の短いメイド服の少女が嘲った。
「おや、旅のお方ですか?」
長い髪をおさげに編んだメイド服の少女が、ギムリウスたちを見つけてにこやかに声をかけてきた。
「わたしたちの神さまは、旅人を歓迎します。」
短い髪のメイドが言った。
「心から歓迎いたします。」
おさげのメイドが言った。
「わたしたちは、旅人というわけではないよ。」
雰囲気やお約束をよくわかっていないギムリウスはまじめに答えた。
「あなたたちはナニモノ?」
「わたしは死を司るヒュラルド。」
「わたしは生を支配するヒュンデ。」
「ユニーク個体ですぞ! ギムリウスさま。」
ヤホウが後ろから耳打ちをした。
「きみたちに主にようがあってきたんだ。合わせてくれる?」
二人のメイドは、顔を見合わせて笑った。
「どうぞ、お入りください。お客さま。」
短髪のメイドが含み笑いをした。
「さあさあ、わたくしたちのもてなしをご堪能ください、お客さま。」
おさげのメイドがころころと笑った。
荒れ果てた外観とは異なり、中はきれいに磨き上げられていた。
明かりは、光魔法を使ったアトモ灯。
電気による明かりになれたものには、かなり弱々しく、うつった。
待合室というには少し豪華すぎるソファがおかれ、腰掛けたギムリウスたちの前に、お茶を茶菓子が出された。
雰囲気もお約束も無視の、ギムリウスが、お茶をいっきに飲み干すと、ごぼり、という音とともに蜘蛛の脚が、ギムリウスの口から飛び出した。
ばき。
ばき。
ばき。
くっちゃくっちゃくっちゃ。
体内で孵化した蜘蛛を、もう一度咀嚼しながら、ギムリウスは茶菓子にも手をのばした。
さすがにそこまで突き合わせなくても、とヤホウがとめようとした。
だが、手は動かなかった。
なんの変哲のないソファは、いつの間にかおそろしいまでの粘着性をそなえた蜘蛛の糸で作られたものに姿をかえていた。
きれいに磨き上げたれたかのように見えた、壁も。床も。
すべてが、蜘蛛の糸で覆われていた。
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