第165話 蜘蛛狩する蜘蛛

以下は、言葉ではない会話である。


もちろん、一種の言語には違いないのだが、それを人間が発音することはできない。

何かを擦り合わせるような音、シュウシュウと息を吐く音、カチカチと牙を鳴らす音。

それを翻訳すれば次のようになるだろう。


「創造したのはわたしの責任であるが故に、おまえが気に病むことは何もない。」


「気に病む・・・というのも知性を持たされたものの特権なのでしょうな。」


「その通り。この度、問題となった造反もまたその一つだ。知性を持って創造されたものは必ず、造物主に造反する。

古来より、示された命題が証明されたに過ぎない。」


「彼の場合はいささか、異なります。彼はわたしより、後から創造され、あらゆる面でわたしを凌いでいた。

彼が造反したのは、わたしの存在があったからです。劣っているにもかかわらず、先輩ズラをする先達がわずらわしかったのでしょう。」



「造反というがな。」

先をいく小柄な影が振り返った。

「アレは別にわたしに敵対したわけではまったく、ない。

ただ、出ていっただけだ。あとどうなろうと本来はまったく知ったことではない。


この度、アレがわたしと敵対することになったのは・・・・」


言葉を探すように、小柄な影は沈黙した。


「運命の糸がもつれた・・・いや、そのような言葉を飾る必要はない。

わたしたちはそもそも人間ではないのだからな。」


本当は使ってみたかったのだ。今日は、演劇の勉強で恋愛ドラマの『転生したら青薔薇家の公爵家令嬢だった件』をみたのだ。そもそも生殖活動もしないギムリウスには、人間の恋愛などわからない。

だが、面白い、とは思う。

参加できたらもっと面白いだろうと思う。


彼女の使うヒトガタには、そんな機能はないが、つけることは簡単だ。

たとえば、マシューなどは、そういう行為を彼女に対して、求めている。

実際にそうなったら、マシューはどうなるのだろう。そして、ドロシーは?

ルトは?

フィオリナは?


感情だけを拠り所に紡がれるドラマに自分も参加できる期待に、ギムリウスはワクワクした。


ランゴバルドの上空は、きびしい飛行制限がかかっている。

侵入するものは、停滞フィールドに捕らわれて、ボウガンで蜂の巣になる。誰何されるのは落ちてからだ。

そういうルールになっている。

なので、ギムリウスたちは、糸を建物に付着させて、滑空するようにして身を運んでいた。


これなら、道路が渋滞していても関係ない。


地上の星に満たされたランゴバルドでは、夜に空中の星を愛でる習慣はないから、頭上を疾走る2つの影が、見咎められることはなかった。


「現在の所在地はわかりますか。」

もう一つの影。

全身をマントで覆い、深く頭巾をかぶった影が言った。


ギムリウスの配下、目下、ランゴバルド冒険者学校の臨時講師の職を得ることになりそうな“ユニーク”個体、ヤホウである。

蜘蛛が一応、ひとの形にかくれようとすると、そんな扮装をするしかないのかもしれない。


「わかる。臭いがする。」



飛翔する2つの人外は、町外れの小路が入り組んだ一角にたどりついた。

ここは、街の中でも再開発が遅れた地域。

上下水道はかろうじて、あるものの、ランゴバルドの自慢のひとつである電気による照明は、ほとんど、ない。


いわゆるスラム街に相当する場所だった。


まともな市民が積極的に近づきたがる場所ではない。


「大きな建物・・・3階建てで丸いドームがある・・・おそらくは打ち捨てられた宗教の集会所か、寺院。

その中だ・・・」


この程度の暗がりは、ギムリウスにもヤホウにも問題にならない。


「場所を確認してくる。」

ギムリウスは、地面におりたつと、脚をたたんだ。人間の足にそって折りたたみ、うえからスカートをかぶせる。

どこからどう見ても可憐な美少女、ギムリウスちゃんだった。

おっといけない、瞳の形をかくすために、サングラスを身につける。


「ヤホウは、後方で待っていろ。」


ギムリウスは、鷹揚にヤホウに手を振った。


「わたしのほうがひととのコミュニケーションにはなれている。」


そう言って、通路の人影に近づいた。







いきなり刺された。

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