第156話 フィオリナ対エミリア

外は雨が降っていた。


ここ、ランゴバルド冒険者学校は、実は外界から孤絶した異世界「迷宮」の中にある。

なにも外界に合わせて、雨まで降らさなくても。


「なにも雨まで外に合わせなくても。」


と、ぼくと会えばバトルばっかりやってるお姫さまは言う。気が合うんだな。それだけは間違いない。


「では、わたくしが転移をいたしましょう。」

ロウの目が妖しい赤光を放つと、次の瞬間、ぼくたちは体育館の中にいた。


「ちなみに、ネイア先生に命じてちゃんと場所を借りてあります。」


ほめてほめて、の表情なのだが、真夜中に体育館を借りたがるのが、ぼくら以外にいるとは思えない。

却下。


「さて、エミリア。」

ごきり、と、フィオリナが指をならす。

わたしのパンチは痛いよっ!のアピールだが、特に意味はない。

「これは、別にわたしの拳がいかに痛いかをアピールするわけではないのだが。」


うん、気が合うね、フィオリナ。


「お噂はかねがね。表の噂も裏の噂も。」

エミリアは単なる敵愾心や、リウに対する忠誠心でこの戦いをはじめたわけではなさそうだった。

「曰く、千年に一度の天才剣士。

曰く、絶対零度の視線。

曰く、ひとりスタンピード。

曰く、吸血鬼たらし

曰く」


「聞いたことのないのもあるが。」

フィオリナは唇を笑みの形に吊り上げた。

「おまえの考えたのはいくつだ?」


「さあ。」

エミリアの幼気な顔に浮かんだ笑みも、フィオリナに負けじ劣らず、残忍そうに、ぼくには見えた。

その小さな身体のどこにしまっていたのか。


身長ほどもある棒を取り出して、構えた。


リウが、満足気にそれを眺める。


「また1段、腕を上げている。対抗戦で試合ったのはだれだ?」

「リアだよ。あの光の矢を使う。オロア老師と戦ったあの子。」

「で、勝ったんだな。」

「まあ、ギムリウスの糸のスーツを使ったから、ちょっと反則かもしれないけどね。」



「・・・なにを考えているか、当ててみましょうか。」


ゆっくりとフィオリナの周りを歩きながら、エミリアは言った。


「勝手にしろ。」


「少しはやる・・・・だが、自分の力にはほど遠い。」

エミリアは誘うように唇を突き出した。

「こんなヤツは一撃でしとめられる・・・・と。」


当たりだな。


その言葉と、蹴りはどちらが早かったのか。

あの蹴りを本当にぼくはかわせたのだろうか。


残像すら見えぬ神速の蹴りに、かろうじてエミリアの棒がその軌道を遮っった。

蹴られたその衝撃のままに。


棒は旋回して、その勢いを保ったまま、フィオリナを打ち倒していた。


「あんな技、いつ教えたんだ?」

ぼくは、リウを睨んだ。

相手の打撃技を、逃しながら棒に伝えてその勢いを持って相手を打ち倒す。


一種のカウンター技なのだろうが、フィオリナの蹴りにたいして、それが行えるならば、もはや打撃に対しては無敵なのではないだろうか。


「あれは、知らない。」

リウは、自分の部下の技の披露に素直に嬉しそうだった。

「やつらの一族。ロデアに伝わる技なのだろう。

エミリアは回復力など一部で超人的な能力はあるが、総合的には人間の範疇をでない。相手の力を利用して返すのは、理にかなっている。」


フィオリナは、身体を起こした。

額が切れて、鮮血が顔をぬらしていた・・・自分で自分を目一杯蹴り込んだに等しい衝撃だったはずだ。


それをなんとか。

頭蓋骨の一番、硬い部分で受けたのだ。

それでもダメージは通っている。


「この程度でしたか? 姫君。」

エミリアが嘲笑った。

「たしかにこれでは、ルトが周りの女に心動かすのも道理!

あなたは。」

目つきが真剣なものに変わった。

「ルトと対等に歩めてこそのあなたなのです。

慢心のあまり、このわたしごときに一撃を食らうなど、言語道断!」


「油断したわけではない。素直に己の技を誇れ。『紅玉の瞳』の末裔よ。」

フィオリナは、血をぬぐった。


傷跡は・・・見えない。


「今度はわたしが予告いたしましょう。」


エミリアは棒をゆっくりと頭上で、旋回させた。


「あなたはラウレスと同じ方法で葬ります。」


これは、うまい言い方かもしれない。

ラウレスは、彼女の棒を口の中に突きこまれ、そこに電流を流されて倒れたのだが、フィオリナがその情報をもっているとは思えない。

それでも。あのラウレスと同じやられかたは嫌だろう。


つまり疑心暗鬼になったぶん、フィオリナの動きは精彩を欠くことになるかもしれない。


「フィオリナ! エミリアの言うことは気にするな!自分の持ち味を出すんだ!」


ぼくは叫んでいた。このくらいのアドバイスはいいだろう。


エミリアは、誘うように棒の先端をフィオリナの顔の前で、ゆらした。

それをつかもうとフィオリナが手を伸ばす。

その指が空をきった。


「下手。」

エミリアが嘲笑う。

棒がゆらゆらとまた、フィオリナの顔の前を泳いだ。

フィオリナの手が伸びる。


また空を切る。


これはたしかにラウレスに対してやった戦法だった。

このやり取りに逆上したラウレスは、怒り。大声でどなろうとし。


「愚弄するか、こ」


その口の深く棒をつきさされ。

今のフィオリナのように。そして。


だが、エミリアの顔が歪んだ。


棒が。動かない。

フィオリナの歯が。がっちりと棒を加えていた。

そしてそのまま。


バキッ


棒を噛み砕いていた。


「いやあ・・・持ち味だしたなあ・・・」


「いいんですか? ルトくん・・・・奥さんが、あれで。」

アキルが心配そうに、ぼくにささやいた。

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