第155話 雨の訪問者

ランゴバルドは、西域でも有数の大都市だ。だが、訪れるものは、意外に思うようだ。


ランゴバルドにはいわゆる城壁がない。

平和が長く、また人を傷つける害獣の少なかった中原では、珍しくはないが、ここ西域では、まずは、人と財産を守るべく城が築かれ、そこから、はみ出すように街が作られる事が多かった。

時と共に城壁は、拡張され、幾重にも張り巡らされた壁の中、ひしめき合うようにして、家が並ぶ。

中央には、王や領主がその権力を誇示するかのように、物見の塔をいくつも備えた宮殿が聳え立つ。


ランゴバルドは、もともと冒険者の集落から始まった都市だ。

街ができた当初は、およそ、そのあたりの野生動物を苦にするものなど、一人もいなかった。

ゆえに、頑丈な壁を持たないまま、ランゴバルドは、発展してきた。

戦闘に長けた当時のランゴバルドの開拓民にとって、野生動物も魔物もただの食材か、加工して売れる素材の固まりにしか見えなかったのだ。


街は城壁を持たぬままに巨大化した。


今、仮にだが、他国が万の軍を持って攻め入った、としよう。


まとまった軍を持たぬランゴバルドは、やすやすとその侵攻を許すに違いない。

交易を持って国を建てているランゴバルドにとっては街道の整備は十分だ。

砦は、交代で冒険者たちが詰める見張り塔程度の役割しかない。

無人の荒野を進むがごとき、容易さで侵略者たちは進み。


そして、いざ首都のランゴバルドを目の前にし、敵将は打つ手がないことに気が付き、呆然とするのだ。

そこには破るべき城壁がない。


石造りの建物は確かに、火は放ちにくいものの、道は別段、迷路化されているわけではなく、そこに部隊を侵入させることは容易だ。

だが。


狭く作られた窓窓から覗く、矢が見えぬか。

騎馬の侵入を阻む綱が、道の底ここに張られ、立ち往生した舞台は蜂の巣になって息絶えるだろう。


ならば、建物を一つ一つ、壊しながら進むのか。

その作業の膨大さに、まともな将ならば、それだけで身がすくむ。

ちなみに、これまでの道程で、食料の調達は一才できなかった。

わずかにあった街道沿いの村は、もぬけの殻。人も食料も。一粒の麦や米さえ残されてはいなかったのだ。


無理に、部隊を突入させてみる。

騎馬は、ダメだった。重装備の歩兵ならどうか。

途中、屋根から油が投じられ、油まみれになった歩兵たちが焼き討ちされた。


そうこうしているうちに、輜重隊が冒険者の一段に襲われ、食糧が焼き払われたという報告が入る・・・・


退却を決めた時には、乏しい食料の残りを食いつなぎながら、なんとか軍を組織として維持したまま、国境に辿り着ければ、御の字。

ランゴバルドに攻め入った軍は、勝利を掴むことも敗北を喫することはない。


ただ、消え去るのみ。


そんな気概を持つランゴバルドの民が、一様に嫌うのが雨だ。

屋外で狩りをし、また農作業にも従事したランゴバルドの初期の開拓民にとって、外に出られぬ雨こそが、害獣にも増して忌み嫌われるものだった。それは国民として習い性になったもので、今日のように、ランゴバルドが近代化された大都市になり、そこに住む人間のほとんどが、生涯一度も刃物を自ら振るうことなく、生涯を終えるようになっても綿々と引き継がれてきた。




その日。


ランゴバルドは雨だった。


外壁は持たぬものの、大きな通りに合わせて、いくつかの検問所は設けている。


フィリオペは、降り止まない雨に顔を顰めた。

検問所は、簡易なテントのみの作りだ。雨音も雨そのものも完全に凌げるわけではない。

年齢は40を少し越えた。

油が乗り切った、とよく言えばそう言う表現になるのだろうが、彼としては衰えを実感せずにはいられない。


いったんは、足の怪我もあって冒険者を引退ししばらくは、北の街のギルドに裏方として務めてみた。

ただ、足の怪我が無事に完治してみると、第一線で活躍している冒険者たちが羨ましく思えてきた。

止めるのを振り切って、ランゴバルドに舞い戻り、元通り、銀級の資格を得て現役復帰してみたが、どうも昔通りにはいかない。

ひとつには、以前のパーティに復帰が叶わなかったことだろう。

彼の引退に合わせて、採用したメンバーはすでに1人前になっていた。


みなは、彼の復帰を心から喜んでくれたが、一緒にやろうとは、決して言ってはくれなかったのである。


なので、彼の現在の稼ぎはもっぱら、街の検問所の警護である。

功績もあり、信頼がおけて、腕もそれなりにたつ。そう、ランゴバルドから認められたというひとつの証ではあり、不名誉な職ではないのだが、やはり第一線は退いたという感は否めない。


「フィリオペさん、そろそろ仮眠でもとっちゃあ。」


若い冒険者がフィリオペに、酒の入った水筒と肴になる干し肉を差し出した。


「いやな、雨だ。」


と言いながら、フィリオペは被りをふった。


「いやな予感がするな。まだ起きている。どうせ明日は非番だ。昼過ぎまでぐっすり眠れるさ。」


冒険者はまだ若い。ほんの子供といってもいい。いや正確には冒険者見習いだった。

おいた、が過ぎて家を追い出された貴族のボンボンだ。今は冒険者学校の生徒で研修を兼ねてバイト代を稼ぎに来ている。

名をマシューとかいったが、フィリオペの見立てではそれほど悪い若者ではない。


利き手の指には固いタコが出来ている。

皮が剥けて、それでも、嫌になるほど剣をふらないとそうはならない。


「なら、わたしもそうしますよ。」


と、マシューは別の水筒を取り出した。


「眠気覚ましのヴァル茶です。1杯いかがです?」


いただこうか、と言ってフィリオペは椀を差し出した。

なかなか用意がいいな、と褒めると、照れたように


「いや、同室の仲間がもともとプロの冒険者なんです。

ただ持っていたライセンスが、到達級っていうんですが、こっちでは使えなかったらしくて、仕方なしに冒険者学校に入ったそうです。

まだ16なんですが、えらく面倒みのいいやつで助かってます。」


到達級、ということは、北の国か。

しかし、16の若さで到達級になることが、本当に可能なのだろうか。

もし。ありうるとしたら、彼の知る王子や公爵家令嬢なみの天才がもうひとりいた、と言うことか。


「何と言う名だ?」


それに、マシューが答える前に。


二人の前に、雨を纏ったひとりの男が現れた。

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