第152話 輪舞曲とリンド

楽の音さえなき、二人きりの舞踏会。

華麗な弦楽器の調べに替わるは、二人の魔道が生み出す、閃光、雷撃。

華やかな貴婦人たちの笑いに替わる、互いの拳が相手を捉える打撃音。

光を浴びて輝くのはシャンパンの泡ではなく、二人の血潮。


二人は、もう距離を保とうとはしなかった。

武器を振るうにさえ、あまりにも接近しすぎたその距離で。


互いが、互いの周りをくるくると回りながら。

身をかがめてフィオリナの頭上を、ルトの蹴りが駆け抜ける。

キラリと光って尾をひいた鋼糸を、フィオリナの指がつかみそのまま、引き倒そうとする。

逆らわずにルトはくるりと一回転。

そのままもう一度、蹴りを放った。フィオリナの足刀がそれを払うと、同時に組み付く。

体格差ではフィオリナが勝っている。

投げようとするその力に逆らわずに、ルトは自ら飛んだ。フィオリナも一緒に倒れ込む。


目もくらむようなフィオリナの美貌がルトの目の前にある。

着ているものはふたりともボロ布寸前。ほとんど半裸の状態だ。


「・・・まだ、ダメか? ルト」

「うん・・・たぶん。努力はしているんだけど。」


ああ。


世界はもう限界だ。

擬似的に、作られた二人のための舞踏会場は、限界をこえてゆるやかに崩壊をはじめる。


空が砕ける。地面が割れる。

崩壊した世界に閉じこめられた二人の運命はいかに!?






誰が気にしてやるか、そんなこと。

ロウ=リンドにしてみれば、そんな程度でどうにかなるタマなら最初から気にもとめない。

果たして、時空がくだけたあとの、元のランゴバルド冒険者学校の校庭に、横たわる二人の姿を認めて、ふわりと観覧席から舞い降りる。


うん。

ふたりとも元気だ。

まあ、あちこち焦げたり、ちぎれたりしていはいるが。


しっかり手まで握っている。


身体のあちこちに白く明滅する光は治癒魔法だ。

呆れたことにあれだけの戦いを繰り広げたあとでも、治癒に回す魔力が残っているらしい。


「やあ、ロウ=リンド。

わたしたちの舞踏会を見に来てくれたのか?」

フィオリナが微笑みかけた。


上半身の服はルトの、おそらくは鋼糸の攻撃でずたずただ。

とはいえ、切り傷がほとんどなので、治癒魔法とは相性がいい。

なめらかな肌、控えめて乳房、キュッとしまったお腹・・・ロウは、身体の中が熱くたぎるのを感じた。


そうあのときもこんな感じで、そのあと首を撥ねられたのだ、この女に。


「舞踏会?・・・ああ、武闘会ってことか。」


「ルトと踊るのは久しぶりだ。ああ、楽しい!

だれも見ていてくれないのが残念だったけど、おまえがいてくれてよかったよ!」


「おまえたちはおかしいっ!」

ロウは断言した。どうしようもなく、こいつらに惹かれている自分がいる。だが、はっきり言う。人間の範疇としては明らかにおかしい。

「魔物のレベルに災害級というのが、あるらしいが、おまえたちは十分に災害級だ。

行く先々で、まわりのものの運命をかえていく。」


それは。

と、困ったように二人は顔を見合わせた。


「まあ、できるだけ、悪い方に変えないようには努力してるんだけど。」

身体を起こしたルトが、申し訳なさそうに言った。

こちらの傷は、治りが悪い。フィオリナの与えた傷は、切断よりも抉るタイプのものが多く、組織が欠損してしまった部分が多い。


「この前、打ち上げで行った『神竜の息吹』で、ラウレスの下で、飴細工菓子を作ってた料理人をみたか?」


「ああ、あれはなかなか見事だったな。手先の繊細な技術に加えて、造形魔法も使っていたようだ。

もともとは武具の錬成につかう魔法だが、菓子作りに転用するとは発想も非凡だ。」


「あれは、おまえがグランダでぶっ飛ばした竜人部隊の隊長だ!」


はあ?

とフィオリナが怪訝そうな顔でロウを見た。


「おまえとミュラと三人でアップルパイを食べにいったとき、順番を守らない兵士の一団がいただろう?」


ああ、あれ。

と、フィオリナは手をうった。

やっぱり。相手が竜人だということにすら気がついていなかったのか。


「そう言えば、約束のアップルパイを結局まだごちそうしてもらってない!」

「こだわるなぁ。真祖吸血鬼ともあろうものが、パイひとつに。」

「当たり前だ! わたしの首と引き換えの約束だぞ!」


・・・そんな安い首あるのか

とルトがぼやくようにつぶやいた。


ロウは、収納から上着やらズボンやらを取り出した。サイズは見てないが丈はだいたいフィオリナならば自分と合うだろう。

ふたりとも、身体は治癒できても着ているもののほうは、そうはいかないらしい。


「喉が渇いた。なにか食べたい。寝る前に学食に行こう。」

とフィオリナが言った。


「いまの時間はセルフサービスの飲み物くらいしかないよ、フィオリナ。」


「そうだ! 今の時間なら校門前に屋台が出ている!

麺料理でよければなかなか美味しいのが食べられる!」

「よし!行こう! お腹がすいた。」


フィオリナが真っ先に賛成した。そのままスタスタとあるき出す。

校門がどっちか知らないのに。


あわてて、ルトが追いかける。


ロウは二人を微笑ましく見守った。


不器用な。

そして、不自由なふたり。


彼女の両親、リウ、そして彼女くらいしか気がついていない。

ルトの身体は、その身に宿す過剰な魔力のために成長が妨げられている。

見かけ上は、10代なかばに見えているが、実際の肉体年齢もおそらくは精神年齢もずっと下、だ。


そのため、あの年頃の恋人同士ならしたいであろうことが、できない。


たいした呪いだと思う。互いが第三者からみれば浮気にしか見えない行動にある程度、寛容なのはそのためだろう。


困った奴ら。


でも面白い。


ロウは慌てて二人を追いかけた。

二人ともお金をもっていないのは明らかだったから。

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