第151話 輪舞曲は続く
折れては、いない。
しかし、関節を外されたのだ。
その激痛たるや。
うめき声をあけてのたうち回るフィオリナから、距離をとったルトの顔色も悪い。さきほどのフィオリナの一撃は重かった。
耐えたつもりでも、打たれたところから、じわじわと冷たい疲労感が広がり、全身を蝕んでいく。
「どうした?
腕を挫いた程度で攻撃をやめていいとは、教えてないぞ。
わたしを倒すときは、頭をふみつぶせと。
そう言ったはずだが。」
苦痛の脂汗にまみれて、フィオリナがそれでも笑う。
「関節を破壊したら、次は首をへし折れ。脛骨を捻り壊せばわたしだって、気を失うかもしれない。」
対して、少年は、アホか、と答えた。
「自分だけ電撃耐性を上げておいて、そのまま電撃を流すつもりだったろ?」
フィオリナは指を上げた。その先にパチリと、青白い火花が飛ぶ。
「バレた?」
「大袈裟に痛がりすぎだ。」
「関節や絞技からの電撃魔法。かけられた方も同じやり方で反撃はできる。
ロウも厄介な戦法を考えたものだ。」
フィオリナはしゃがみ込んだ姿勢からジャンプした。つま先を起点に回転、その遠心力を利用して肩をはめ直す。
「さて、続けようね。」
フィオリナが涼しい顔で言った。苦痛がない、はずはない。
だが、その顔は楽しそうで、これから大好きなパートナーと踊るのを心待ちにする乙女のそれだ。
乙女の足が跳ね上がった。かわしたはずのルトの肩口に、軌道を変えた蹴りが叩き込まれる。よろめく、ルトの顔を擦るように、フィオリナの踵が走り抜けた。
「おや、よくかわす。この蹴りは最近覚えたんできみも初見だと思ったんだけど。」
軸足の指先だけで、ジャンプ。さらに高い位置からの踵落としを、ぎりぎりの動作でルトはかわした。
だが。
蹴りがかけ抜けたあと。
ルトのシャツがちぎれ飛び、肩口から胸へ。皮膚が赤く膨張し、一瞬遅れて血を噴き上げていた。
フィオリナの蹴りは。見えない力場を纏っていた。
「かわしたつもりでも実際は蹴りの威力の範囲内ってことだよ、ルト。」
フィオリナの蹴りは、ルトの膝を狙う。
足を上げてブロックしたが、ブロックした足がまた、鮮血を噴き出した。
「生身の体じゃあ、防御不可能。なにしろ、使える剣がないもので。無手の技ばっかり練習してました。」
転げて、距離を取ろうとしたルトめがけて、光の剣が投ぜられた。
ルトの魔法陣がそれを飲み込み・・・フィオリアの真横に開いた魔法陣がそれを射出する。
素手でそれを受け止めたフィオリナが、そのまま剣を握り潰すと、光の剣は無数の破片となって、ルトに殺到した。
細かな光の剣の破片に、全身を切り刻まれたルトが、火炎魔法を展開。剣の破片を焼き尽くそうとしたのだろうが、その時にはフィオリナは次の魔法を完成させている。
竜のブレスに似た光の渦が、ルトの体を包む。
「ほらほら、小傷に気を取られてないで、ちゃんと防御しないと。」
フィオリナは少なくとも容赦はしない。
「三ヶ月間、体の再生だけで終わっちゃうよ?」
ルトが展開した三重の光の盾は、フィオリナのブレスに対して、それぞれ数秒間の耐久を示した。
その間、かろうじて床に伏せたルトの頭上をブレスが通過していく。
彼の細い体に明滅する光は、治癒魔法のものだ。
戦いながら行えば、当然、その分のリソースを治癒に割かねばならず、この状況でそれは致命的なものになりかねない。
「ひょっとして、腕が落ちた?」
フィオリナは、巨人の足を生み出した。巨大な柱ほどもあるそれが、ルトを踏みつけにくるのを、転がってかわす。
「鶏ガラ女といいことしてるうちにすっかり腕が落ちちゃったのかな、わたしの大事なルトくんは!?」
巨人の手がルトを軽々と吹き飛ばした。
ごろごろと闘技場の床を転げる。
失神するどころか、即死でもおかしくないような一撃だ。
実際ぐったりと動きを止めたルトの体を、両手で挟むようにして、巨人の手が彼を持ち上げた。
「降参する?」
「いいや。」
巨人の手に押しつぶされそうになりながら、それでもルトはうれしそうだ。
大事なパートナーと久しぶりに踊れるのが嬉しくしょうがないのだ。
フィオリナの頭上に巨人の足が現れた。踏み潰そうとする巨人の足をフィオリナの蹴りが迎え撃つ。
続け様の巨人の拳による連打は避けられない。
体を浮かして、衝撃を逃がそうとしたが、完璧にはいかなかった。数メトル吹っ飛んだフィオリナの体が駒のように回転して、地面に叩きつけられた。
土に塗れた体を起こしたフィオリナの鼻から血が噴き出している。
「わたしが、召喚した巨人のコントロールを奪ったのか。」ぼやいた顔はそれでもどこかうれしそうだった。「なんでもありだな、ルトは。」
「もう少し踊る時間はある。」
臨時で作られた空間は、ひび割れ、崩壊の兆しを見せ始めていた。
「なら、踊れるだけ踊ろう。」
フィオリナ、立ち上がる。
腕がまた妙な角度に曲がっていたが、一振りすると元に戻った。
まるで、ダンスのように。
二人は弧を描いて接近した。
オーラに包まれたフィオリナの蹴りを掻い潜りルトのパンチ。フィオリナはのけぞってかわしたが、次の瞬間、彼女の上着が簾のように避けて、同じく切断された白い肌から血が噴き出した。
「バカな・・・かわした・・・はず。」
横殴りの一撃もかわしたはずのフィオリナの鼻の上に深い切り傷をつけた。
「そうか。鋼糸か。ヨウィスの糸だな!」
「当たり。」
ルトはヨウィスからかつてもらった鋼糸を拳に巻いていた。そこから伸びた鋼糸がパンチから一瞬遅れて、見えない斬撃となってフィオリナを襲ったのだ。
「訂正。腕は落ちていないな。」
「どうだろう。」
ルトはちょっと考えた。
そして済まなそうに言った。
「鍛錬らしい鍛錬はしていない。まともな組手は1度もやっていない。」
「そういえば、わたしもだ。」
フィオリナも少し済まなそうに答えた。
「ならば時が移るまで踊ろうか。」
「そうだな。そうしようか。」
そしてそういうことになった。
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