黒蜥蜴繁盛記2 ラウレス弟子をとる(後)

ガトルは混乱していた。

と言うより、空腹のあまり自分がどうにかなったのかと思った。

聖竜師団の顧問を解任になったあとのラウレスのことは、よく知らない。

冒険者となってランゴバルドに流れ、そこで冒険者学校の試験官をしていたときに、受験生に負けて逃げ出した。そんな噂はきいたがいくらなんでもそれは嘘だろうと、ガトルは断じた。


確かにいろいろ欠点はあったにせよ、古竜である。

それともなにか。

受験生が勇者か魔王だったとでもいうのか。


「ここで、何をやって」

聞きたい質問を先に言われてしまった。


「聖竜師団は解体されました。」

あんたのせいで。

とは言わない。

言わなくてもラウレスの頬に冷や汗が浮かんでいる。


ラウレスの鉄筆が滑らかに動いて、ボードに注文を並べていく。


特上!串盛りセット(ラウレス付で!)


「コネがあるものは、身分を下げられた上で新たに創設された『 真竜師団』に採用されましたが、わたしはもともと冒険者出身なのでなんのコネもなく」


大盛り焼き飯、スープセット(ラウレス付で!!)


「罰則金のつもりでしょうな、貯金まで没収されて着の身着のままで追い出されました。」


季節のおすすめ 発砲酒三種飲み比べ(ラウレス付で!!!)


「ミトラにはわたしを雇ってくれるギルドはひとつも無く、なけなしの小銭を集めて、ランゴバルド行きの列車に乗ったのです。

まさか、ここでも働き口が、ないとは思わずに。」


「おーい、ラウレス、注文はこちらでとるから、そろそろ焼き物の準備にかかってくれ。予約のお客さまが入っている。」

立派なジャケットの若者が、背後からラウレスの肩を叩いた。

「なんだ、これ・・・おまえ、このひとの注文をぜんぶおまえに付けていいのか? いったい・・・」


ジャケットの若者は、ガトルの顔を覗き込んで絶句した。


「ガトル隊長!・・・・・いったんなんでこんなところに!」


「リンクスか。」

安心なのか、おちぶれたところを見られた悲しみなのかわからない。涙が滂沱と頬を濡らした。

「ここなら元聖竜師団でも雇ってくれるかもと言われて、訪れたんだ。

しかし、ラウレスさまといい・・・いったいこのギルドはどうなってるんだ!」


「ああ、聖竜騎士団は再編成されたんだったな・・・雇ってほしいということは・・・」


リンクスは忙しく、目を四方八方にやった。

まるで、剣の達人のようだな。とガトルは思った。


店が開くのを待っていたように、客がぞくぞくと入ってくる。

あまり上流階級とも思われぬが、そこそこ稼ぎのいい、羽振りのよい身なりの客ばかりだ。

店員たちは、皆忙しく席の案内やオーダー取りに駆け回っている。


「わかった。『神竜の息吹』で採用しようじゃないか、ガトル隊長。

とりあえず、今日は酒は我慢してくれ。食うものを食ったら皿洗いに回ってくれ。」


「ありがたい。」

ガトルは深々とリンクスとラウレスに頭をさげた。


「支配人」

「なんだ? ラウレス。」

「ガトルは火炎系の魔法と造形が得意だ。わたしの焼き物と・・・菓子作りを手伝ってもらいたい。」

「かまわんが・・・いきなり大丈夫なのか?」

「なに、大丈夫に決まっている。」

ラウレスは、愉快そうに笑った。

「この変態蜥蜴でも、勤まっているのだからな。」


そのときどやどやと十名近い人数がはいってきた。


「予約したランゴバルド冒険者学校のルールスだ。」

「ありがとうございます。学校対抗戦慰労会のご予約のルールスさま。

本日は、鉄板焼きのコースでよろしかったでしょうか?」

「うむ。食べ盛りをつれてきている。未成年もおるから、濃い酒はなしで頼むぞ。」


ああ・・・

ガトルの口からうめき声がもれた。


グランダのカフェでの悪夢がよみがえった。

殴っても蹶っても。


打撃はひとつも当たらず。

返す拳はすべて一撃で、部下たちを葬った。


あの美しい悪魔が。こんなところに。


「怯えるのも無理はない。」

ラウレスが、ポンポンと慰めるように肩を叩いた。

「あの小柄な少女に、わたしは口から電撃をくらってのたうち回った。あの野性味のある美形の坊やにワンパンチで失神させられた。あっちの水着みたいなのをきた美女には、ブレスを横からかき消された。あと、あのちょっとおっとりした顔の坊やには口喧嘩で、負けた・・・・」


「な、何連敗してるんですかっ!?」


「まあ・・・あまり数えたくもないな。だが、この前は魔王宮の古竜ラスティに勝ったぞ。」


「なんで! 魔王宮の竜と戦うはめになったんですかっ!」


「だからほら・・・」とラウレスは、ルールスたちの一行を指さした。「学校対抗戦で。」


「どこの世界の学校対抗戦で、古竜同士が戦うんですかっ!」


「それはしかたない。」

ラウレスはため息をついた。

「グランダ魔道院の学院長は、“賢者”ウィルニアだからな。」


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