クローディア大公のお見舞い

クローディア公は、病室にはいったときにちょっと顔をしかめた。

まだ、傷が回復していないはずの妻が、枕元の花瓶を上げ下げして筋トレをしていたからだ。


「アレは、出かけたかな。」

クローディアを見もせずに、アウデリアは、花瓶を上下させている。

掴んでいるわけではない。

指でふちを摘んでいるだけだ。

ずっしりとした白磁の花瓶は・・・大の男でも持ち上げる際には両手を使うだろう。

それを、親指と小指でつかんでは、上げ下げを繰り返している。


「うむ。まだ、傷は癒えてはいないだろうに、嬉々として出かけていった。しかし、あのわけのわからん仮面と妙な格好にセンスの悪いネーミングはいったいなんだ。」


ふう。

と、筋トレに満足したのか、アウデリアは、花瓶を机に戻して大きく息を吐いた。

顔に汗がうかんでいる。いわゆる「いい汗」というやつだ。


「小さい頃に芝居に連れて行ってやったことがある。」

アウデリアは、懐かしそうに言った。

「変身ヒロインモノというやつだな。

ずいぶんハマったと見えてそれからしばらくは、悪の大幹部の役をよくやらされた。」


「ふつうの母娘らしいこともしていたのか?」

からかうようなクローディアの口調にアウデリアは不満そうに頬を膨らませた。


「普通は母親に、悪の大幹部の役はやらせんだろう?」


クローディアは笑って、持参の水筒からコップに透明な液体を注いだ。


「ふむ。白酒か。まさか果汁などで割ってはいないだろうな。」

「我が妻の好みは心得ている。」


アウデリアは喉をならして、強い酒を楽しんだ。


「あまり飲むと傷の治りが悪くなるぞ。」


心配したクローディアを獰猛な笑みで応えてアウデリアは言う。

「傷はあまり早く治しすぎても身体によくない。戦っている最中ならいざしらず。

そこらへんをわきまえているから、まだこうしてわたしは入院しているのだ。

あのじゃじゃ馬娘と違ってな。」


いったい誰に似たのだか。


「ほぼほぼ、新王体制への移行は完了したと思う。」

水筒のキャップを使って自分でもいっぱいやりながら、クローディアは言った。

「魔道列車を、クローディア公国まで『直通』させる計画は、今日あたりバルゴール財務卿の耳にはいるようにしておいた。

利に聡い彼なら、それがなにを意味するかは、十分にわかるはずだ。」


「なにがなんでもグランダを経由させるように、働きかけてくるはずね。

受けるの?」


「条件によっては?」


「条件?」


「全区間の工事費用の負担。」


「ずいぶんと優しい条件だな。フィオリナとルトの毒気にだいぶ当てられたかと思ったが、やはり我が君はお優しい。」


「優しくはない。将来はグランダの併合も視野に入れている。ただ、いまのグランダは食べようにも汁気ひとつない干からびた果実だ。いったんは水をやり、成長させねばな。」


「我がクローディア公国はどうなるのだ、我が君。」

アウデリアはにやにやと笑った。

「北の各国を統合し、境界山脈のむこうの魔族も仲間に引き入れて西域に侵攻でもしてみるか。」


「そうなったら今度は、『踊る道化師』が我々の討伐に来るだろうな。どうだ、もう一度、フィオリナとやりあってみるか?」


「やめてくれ。」

アウデリアは本気で顔をしかめた。

「あのアキルとかいう異世界人があまりに気になったので、ルトの誘いにのってはみたが、もうゴメンだ。」


「おまえにも苦労をかけるな。」

クローディアは笑って、グラスに酒を継ぎ足した。

さらに懐から、木ノ実や乾燥肉を取り出す。

病室は個室であるのをいいことに宴会場と化していった。


「冒険者ギルドのグランドマスターはどうする?

グランダ一国ではなく、北の諸国もふくめた統合組織のグランドマスターになるのだろう?

かなり重要なポジションになる。

間違っても、かつての八極会のような目先の利にのみ聡い小物どもにはまかしてはおけんぞ。」


何杯かおかわりをしているが、水筒の酒はいっこうに切れなかった。あるいはそういう能力のあるマジックアイテムなのかもしれない。


「財務卿の推薦どおり、ミュラが適任だ。まだ若いし、伸びしろもある。

ミュラの両親の後ろ盾も期待できる。」


「問題はフィオリナが、ミュラを『不死鳥の冠』の後継者として育ててしまったことだ。正直、『不死鳥の冠』こそ、ゾアやヨウィス、ザレあたりを中心に合議制でまわしてもいい。

とっとと、ミュラをグランドマスターに推挙しろ。

フィオリナの不埒は、ミュラを中途半端な地位で遊ばせていたからだぞ。」


「それについては同感だ。」


「ルトは・・・ダメなのか。まだ。」


「先のお前の話と一緒だ。傷も無理に早く治していいことはない。成長もいっしょだ。」


「・・・まったく魔力の過多というのはやっかいだ。フィオリナにはそれほど強く出てはいないというのに。」


二人はしばし沈黙して、酒を酌み交わした。

あまりにも強い力をもって産まれてしまった子供たちを憂う気持ちもあったのだろう。


病室のドアが開いて、胸の大きな少女がひょっこりと顔を出した。

治癒師助手の制服を着ていて・・・


手には酒瓶と、串焼きの盛り合わせのはいったバスケット。

夏ノ目秋流でもいれば、いや看護師のおまえがダメだろうと、突っ込んでくれたと思われる。


「ダメじゃないですかあ、お父上、お母上。」


にや、っと笑ってリアはバスケットに酒瓶をテーブルに並べる。グラスは? もちろん3つ。


「わたしは正式にはクローディア家の人間ではないので、猶子のおまえに母上と呼ばれるのは間違っているのだが。」


「あら、まあまあ。」

リアは、コロコロと笑った。

「お父さまはまだ、あのことをお話してないんですか?」


なんだ?


と難しい顔をして、アウデリアはクローディアを睨んだ。


「いや、これはおまえに負担のかかる話なので、もう少し酒がすすんでからだな・・・」

「悪巧みがあるのなら、わたしの傷の治りきっていない今のうちのほうがいいと思うぞ?」


「ふむ・・・そうかもしれぬ。


話というのはほかでもない。式をあげて正式に夫婦にならんか、アウデリア。」


クローディアはアウデリアとの付き合いは当然、長い。

だが、これほどまでに彼女が驚いたのを見たのははじめてだった。


パキ。


と、音がしてアウデリアの手の中のグラスが割れて、酒がしたたりおちた。


「・・・どういうこと?」


「別にグランダやクローディア公国にずっといる必要はないさ。奥向きも表向きのことも別になにもする必要はない。

好きなときに冒険に出て、好きなときに帰ってくればいい。

今までとなにもかわらん。」


「だったら。」

あえぐようにアウデリアは言った。

「だったらなぜ?」


「まあ、クローディア領も独立をはたしたことだし」

照れくさそうにクローディア大公閣下は言った。

「他の国のやつらに、妃を自慢したくなったのさ。どうだ?」


「受けてやってもいい。」

アウデリアは、歯をむき出して噛みつきそうな泣き出しそうな顔で笑った。

「ただし、傷が治ったら一発なぐらせろ。」





・・・・・・


いよいよ明日から新章「六人目の道化師」がはじまります。


とか言ってまだ書いてないので、更新時間は夜になってしまうか、な。

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