黒蜥蜴繁盛記1 ラウレス弟子をとる(前)
「いや、本当に無理なんだ。」
黒い革の胴衣だけを身につけた剣士マハルは気の毒そうに、しかし断固として、そう言った。
「いま、うちのギルドじゃあ、竜人はとってないんだ。悪いが」
ほかを当たってくれ、まで言えなかった、言う前に、ガトルが目の前の床に膝と頭を付けている。
土下座だ。土下座オブ土下座。
「竜人としての枠でなくていい。一般人として雇ってもらえないだろうか。」
竜人が本当に竜の血をひいているのかは、定かではない。
例え、人化していても、竜が人間に欲情するなどまずもってありえないことなのだ。
ただ、竜人は低い確率ながら、竜の力のいったんが使える。例えば、体の一部に強固な鎧を纏う「竜鱗」。さらに低い確率だが、竜に似たブレスを使える者もいる。
そして、筋力、魔力ともに個人差あれど、通常人の平均値をはるかに上回る。
もし、そのような者が冒険者を志願して、ギルドに訪れれば、支度金でも用意して迎えるところなのだが。
いや、いまだってそうだ。
マハルは「竜人を雇ってない」と、こともなげに言うが、言ったマハルがそもそも竜人である。
「隊長どの、いまはどんなに頼まれても時期が悪すぎる。
ギウリークの聖竜師団は、竜人の、いや竜族の評判を地に落としたと言われてるんです。もと聖竜師団の竜人を雇うところなど、ひとつもありませんよ。」
そう。
つい先日、魔王宮の利権をめぐって、グランダに圧力をかけるために出発したギウリーク聖帝国の竜神部隊は、圧力をかけるどころか、何の交渉もできないまま、瓦解した。
30名ばかりの小隊(とはいえ、その戦力は師団に相当する)のうち、二分隊はなにもしないうちに壊滅。
(街のカフェでの順番待ちをめぐって喧嘩に巻き込まれて全滅と、その見舞いで訪れた病院でナースに絞められた)
キレたお目付け役の黒竜は、ひと暴れしようと、グランダの夜空に飛び立ち、焦って逃げ惑う人々に怪我人や、食器の損壊という大被害を与えたものの、翼を切られて敗退。
以降、聖帝国は、その責任者探しに躍起になった。
一番の責任者である黒竜ラウレスは、公式には罰することなどできない。ゆえに本人からの申し出で、顧問の役を下ろさせた。
あとは、すきにしろ、冒険者学校の試験官を買って出て、受験生にぶちのめされた? 知ったことか。
隊長であったバランは爵位を持つ貴族ゆえに、これもまた重い罪に問うことはできない。
そのほか、今回の遠征に参加した竜人は軒並みにいったんは解雇となった。
もちろん、貴重な竜人ではあったのでしばらくは減給という形で再雇用した。
最も割りをくったのが、ガトルだった。
直接に、フィオリナにぶっ飛ばされた分隊の指揮官である。
犯人を見つけ出して厳罰を!と主張するものは聖帝国にも少なかった。
ガトルたちの証言から、やっと成年に達したかどうか、若い女性の3人連れに分隊が壊滅されられたのは、わかっている。
もし、その3人を探し出したとしても。
恥の上塗りだろう。
と、いうのが聖帝国および聖光教会の一致した見解だった。
かくして。
職を失い、追い打ちをかけるように彼個人の財産を罰として没収された、ガトルは、ミトラを離れて、比較的ギウリーク聖帝国の影響が薄いとされるランゴバルドへやってきたのだった。
が。
どこか、わたしでも雇ってくれるギルドはないか、とダメ元でたずねてみると、マハルはちょっと考えて、しんりゅうのいぶき、はどうかな、とつぶやいた。
「神竜の息吹」なら、名前は聞いていた。
聖光教会の息のかかったギルドだ。
それはむしろダメなんじゃあないか?
と尋ねるガトルに、マハルは嫌そうに顔を歪めて、
「あそこは、まともなギルドとは言えなくてなあ。」
とだけ言った。
ガトルは昔、そのような裏の仕事に従事したいたこともあったので言葉の意味はなんとなくわかる。
まともな冒険者ギルドでは、断るような犯罪すれすれの依頼も請け負っているのだろう。
あるいは、聖光強の指示の元、自ら手を下すのではなくとも、そのような非合法の活動を行う工作員が、ランゴバルドに訪れた際には、いろいろと便宜をはかる。
それでも仕方ない。
ガトルは割り切った。
一時の間、そのような輩どもと一緒の立場に身を落とすことも有無を得ない。
とにかく、必要なのは晩飯だった。
それと寝床。
マハルのギルド「清浄なる西風」から、教えてもらった「神竜の息吹」までは、彼の足でも2時間はかかった。
そろそろ、日が傾きかけている。
目的地までもう少しのはず。
というところで、ガトルは足を止めた。
朝から保存用の硬い硬いパンの欠片をしゃぶっただけである。
前を通りかかっただけで、その酒屋がうまい酒を出すのがわかる。
好きっばらにはたまらない匂いだった。
看板を見ただけで、美味い食事を出してくれるのがわかる。
「美味い酒と肴の店 神竜の息吹」。
はて、どこかで聞いたような名前だったが、空腹と疲労で頭が働かない。
丁度、店が開いたところなのか、若い店員が大声で呼び込みをしていた。
その声だけで、この店が繁盛しているのがわかる。
よし。
ガトルは決意した。
無銭飲食をしよう。なあに、土下座して謝れば治安組織にまでは話はいかないだろう。なんだったらここで皿洗いでもなんでもする。
「お! 1名様ですか!?」
さっきの店員が声をかけてきた。
そうだ、とだけ答えた。
店員がテキパキと席に案内してくれる。
まずはなにか食べるものを。
それだけ、やっと言うことができた。
店員が、怪訝そうにこちらを見ている。
ガトルのみすぼらしさに金をもっているか不安になったのかもしれない。
その通り!
その懸念は大当たりだ。
それもこれも、あのラウレスが、あの馬鹿蜥蜴があんなことをしでかさなければ、あのバカラウレスが。
「あのう・・・」
店員が話しかけてきた。すまぬ、若者よ、ただの愚痴だ、聞き流してくれ。
「ぼく、なんかしました?」
カトルは顔をあげて、店員の顔をまじまじと見た。
店員も驚いたようにガトルを見ている。
「ガトル分隊長!」
「ラウレスさま!!」
フィオリナが不幸にしてしまった二つの儚き命がここに再会した。
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