留守居役はろくなことしない
部屋の主であるロウは不在だが、彼らにとっては知ったことではない。
もともと「吸血鬼」用に建てられたか寮なので目下、利用者はロウひとり。
建物ごと貸切のようなもので、気が楽、なのだ。
リウはさっきから、リビングの隅におかれた姿見の前で、いろいろとポーズをとってみたり、にっこり笑ってみたり、睨んでみたり、壁に手をついてなにやら、囁いてみたり、とひとり遊びに余念が無い。
「どうだ? アモン」。
そう言われた美女は、ソファのうえで微睡んでいた。のろのろと目を開けると、眠そうな声で言った。
「それはあなたの性的な意味での魅力のこと?」
「そのに至る恋愛という名の駆け引きも含めてだ。」
「あなた方の美醜については、あまり大したことは言えないわね。」
アモンはこれ以上つまらない話題はないと、付けくわえた。
「まあまあ、じゃないの?
脂肪分がそのくらいで、筋肉量がそのくらいあれば、周りの目からは『精悍 』だと写るはずよ。それは、たぶん異性にとっては魅力的なものだと思う。」
「本当は髭でも欲しいんだ。」
リウは滑らかな頬や顎をぴしゃぴしゃと叩きながらそんなことを言う。
「鱗でもはやしたほうがステキになると思うけど?」
「根本的美醜の観点が違うやつに相談したオレが馬鹿だった。」
「基本はあなた方はお猿さんと一緒の種族よ。」
アモンは冷たく言った。
「多少、毛の量が多いとか少ないとか。
そんなモノでセックスアビールになるということがそもそも理解の範疇外ね。」
「そういうがアモンはずいぶんと人化したときの姿を美形においている。」
「適当に。そう、5000人くらいをサンプルに。
その平均値をとったらこの目鼻立ちにおちついたの。」
「それ、は?」
平均値にしては、明らかに存在感がありすぎる膨らみを、指し示すと、アモンはそれはだな、と開き直ったように言った。
「おまえら人間のオスからのウケが妙にいいから。
いわば、コミュニケーションのツールとしてのアイテム。
ギムリウスのヒトガタと一緒だ。」
アイテムと言い切ったか!
確かに卵生の竜には、そもそも授乳という行為すらないわけで、単に人間に寄せるための付属物という認識しかないのだろう。
「なにか呼びましたか。」
会話の中に自分の名前をききつけてギムリウスが振り返った。
誰といようが一人の世界に簡単に溺れ込んでしまうこの巨大蜘蛛型神獣のヒトガタは、さっきからもう一匹の蜘蛛と一緒に、手の指と触手に糸を通わせて綾取りのような仕草を繰り返していた。
相手の蜘蛛は、白地に焦茶の点々がランダムに浮かぶ。
大きさは、山羊ほどもあって見方によってはかなり悍ましい生き物であったが、そんなものにとやかく文句を言うリウでもアモンでもない。
「誰かと思えば、ユニークのヤホウか。久しいな。」
そうアモンが親しげに呼びかけると、蜘蛛は糸を繰る手を止めた。
「ご無沙汰しております、神竜妃さま、魔王さま。」
声は、その頭部。ちょうど目の上の部分に出現した口から聞こえた。
男のものとも女のものともわからない。しかし老生した声だった。
「うちのギムリウスがご迷惑をかけておりませんでしょうか?
なにしろ、その性格上、ほぼほぼ自動化された行動パターンからの物量攻撃を得意としておりますれば、なかなか人間社会に混じっての行動は難しい面があるんのです。」
“ユニーク”と呼ばれたからは、この蜘蛛もまたギムリウスが作り出した蜘蛛軍団の中でも特異な能力を持たされた一個体にすぎないはずであるが、言葉の端々には、まるで祖父が孫を心配するかのような響きがある。
「このところは、ロウ=リンドの悪戯に巻き込まれて、いろいろと作らされていた。」
アモンは、ギムリウスとヤホウの間に渡された糸をチラリと見た。
これまで見たものより、細くしなやかなように彼女には見えた。
「我らの糸を防護服に転用するそのアイデアは悪くはないですぞ。」
ヤホウは、そう言って次の糸を吐き出した。
キラリと光るその糸は、空中にただよったままに、風によって研磨され、より細く加工されていく。
「しかし、そのままだと、着用した人間の肌をも傷つけてしまう。なので、筋肉の動きまでトレースした形でオーダーのスーツを作る。
さすがはご真祖、さすがはリンド様。
しかし、手間がかかり過ぎますな。」
「なにか方法はあるのか?」
「それがいまやっております、この新しい糸を使った、そう、ボディスーツの下に着るアンダーウェアに相当する着衣です。
耐久性はそれほどでもありませんが、肌に馴染みが良く、痛めることもない。
この上からボディスーツを着用すれば、少なくとも対象をいちいち裸にして観察する手間は省けます。」
「わたしの知恵袋はほんとに役に立つ。」
ギムリウスは甘えるように言った。
繰り返すが、ヤホウはギムリウスの創造物である。それにいろいろ意見されることへの反発は彼女にはないようだった。
「もうひとつ、資金かせぎのための骨剣のことですが。」
ヤホウは手(?)を休めて、“収納”から白い短剣を取り出した。
「それはわたしもいろいろ考えたけど難しかった。」
ギムリウスは困ったように言った。
「刺した時に苦痛を与えてもダメ、快楽を与えてもダメ、毒を与えてもダメ、燃やしてもダメ、氷漬けにするのもダメ。
いったいなにをしたらいいの?」
「簡単です。
なにもしなくていいのです。」
ギムリウスは、天井をしばらく見上げて、ややあってから。
ああ、そうか。
とつぶやいた。
さすがは、神獣ギムリウスの知恵袋、ユニーク個体のヤホウだ、とアモンは感心した。
「これだけだと、単に切れ味がよく耐久性に優れた剣ですが、どうもルトという人間は、それを殺傷に用いられることを嫌っているようですな。」
「そうなんだよ。なので、なかなか死なない剣も出してみたんだけど、あまり気に入ってくれない。」
「悪魔公ヘリオンが返品してきた呪剣グリムですな。当然ダメです。」
ヤホウは、なにやら木箱のようなものを取り出した。
「武器に使うことがそもそも問題なのです。」
「これは?」
「かんな、といって木の表面をつるつるに仕上げるものです。」
「こっちの金属のへらみたいなのは?」
「りんごをすりおろす時に便利です。」
「そっちの車輪みたいなのは?」
「よくぞ、気がつかれた! これはもう尖らせることもやめました。ここの上に荷物をおいて転がすとどんな重い荷物も自由自在。」
「そっちの鎖の先についてるのは?」
「うむ! これこそが今回の目玉! とくに何かに使うことも諦めてペンダントトップとして使用いたします。伝説の神獣の骨のペンダントがいまなら、こちらのかんなもお付けして、たったの150万ダル! しかも2個お求めの方には伝説のキャスターもおつけしますぞ。」
「まあ、とってもお安いのね。」
やっぱり所詮は、ギムリウスの蜘蛛軍団か、と、アモンは嘆息した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます