第144話 邪神の誘惑

「リンド式スペシャルローリングサンダー」を使ったのか。


事情をきいた、ルトくんは難しい顔で言った。

完全に意識を失ったフィオリナさんとアウデリアさんは、そろって緊急処置中だった。


「アキルのいた世界には劇や芝居はあるが?

あと小説とか。」


それはあるよ。と、わたしは頷いた。


「その中でだ、な。主人公のもとライバルが、更に強大になった敵には、歯が立たず、それでも一矢報いてようと、相手に抱きついて、こうドカンと」

「自爆?」

「そう、自爆技。」


もともと抱きついた状態、密着した状態から魔法攻撃を行えば自分にも、同等以上のダメージが返ってくるのでまずやらないらしい。

劇中の演出としては、なかなか見せ場になるらしく、多用されるのだが、実際の効果はゼロに等しいとのこと。

現実の世界では、使われるとすれば、


「例えば、吸血鬼と人間、のように再生力に極端に差がある場合。」

と、ルトくんは指を折る。

「例えば、片方が魔法的にも物理的にもとんでもない防御力のある鎧をきていた場合。」


「それって、ドロシーさんのことですね!」

「そう、あの銀色のボディスーツは、ギムリウスっていう神獣の糸で出来ていてね。魔法にも物理、特に切断に対してはかなりの耐性をもっている。

だから、あんな戦い方が出来るんで、同じことを対等の条件でしようとすると」

ルトくんは、『緊急処置』の文字が灯ったドアを見やった。


「・・・まったく、快気祝いをやるついもりだったのに、入れ違いに二人入院かあ。」


「・・・説明をしてくれますか。」


わたしは意を決してルトくんを見つめた。


「前に話したことを淡々と実行してみた。」

「前に話したこと?」

「アウデリアさんを闇討ちしようとしたこと。」


やったのか!


その結果がこれってこと?


「なにしろ、あのアウデリアさんを、あのフィオリナが闇討ちするわけだから。

街中でやったら、とんでもないハメになる。お互いがいくら遠慮してたとしてもね。

『魔王宮』に誘い込むことも考えたけど、そうしたら、ふたりとも一切自重しないだろうから、いくら自動修復機能があるとはいえ、あんまり派手に迷宮を壊してほしくはない。

ならば、街の外に出ていただくのが、一番いいだろう。


あの方角なら、行き先に街も村もないし、」


「わ、わたしは!?」


「おとり餌。」


やっぱり、か。


「・・・先にアウデリアさんに手を出させておけば、闇討ちじゃなくて、わたしを守っただけって大義名分もたつってこと?」





黒焦げになって失神した二人をまえに、呆然と立ちすくむだけのわたしの前に、あのひと。

一回戦でドロシーさんを倒した拳法使いのジウルさんが現れたのだ。

それは、なにもない空間が、ぐにゃり、ゆがんだと思ったら、もう目の前にいたのだ。


転移。


人間には稀な技術だと言われたその転移を使って、拳法家のジウルさんが現れた。


ジウルさんは、倒れたふたりの傍らにしゃがみこんで、ため息をついた。


「ふん、これなら『停滞』も必要あるまい。意識が戻れば勝手に、回復魔法を使うだろうから、それまでは面倒をみるか。」

そこまで言ってから、わたしにはじめて気がついたように

「おう、異世界人か。どうする? 一緒にグランダに戻るか?

それとも、歩いて戻るか?」




ふたりが対決すること。

おそらく、相打ちに近いかたちになることまで、計算されていたのだろうと思う。


いくらジウルさんが拳法家であると同時に「転移」が使えるすごい魔法使いだったのだとしても、偶然、やってくることなんてありえない。

なら、一応、わたしの安全も計算はしてくれていたのだろう。


なんとも言えない気持ちになって、ちょっとひとりになってくる、とだけ言ってわたしは、階段をあがった。

ドロシーさんの見舞いをしていくつもりだったのだが、覚えのある部屋はすでに空になっていた。

ドロシーさんはどこに行ったのだろう。


朝早くから、あるき続けていたわたしは、どっと疲れを感じた。

ふらふらと廊下を彷徨うように歩いた。


まるで夢を見ているみたいだった。


騙されたことに対する怒りも悔しさもない。


でも、ここは異世界なんだ、わたしのいた世界とは違うところなんだ。

そうしみじみと感じた。


覗き込んだ窓に、白い女の姿があった。



「やあ、異世界を楽しんでいるかな、夏ノ目秋流。」


ヴァルゴールは、低く笑っていた。




わたしが、睨んでいると、ヴァルゴールは、後ろをむいてなにやらごそごそしていたが、大きなマスクをかけて振り向いた。


「ワタシ、キレイ」


「・・・・・」


「・・・すべったっ!」


「久しぶりにあった邪神が一人でぼけて一人ですべってる。」


「神っぽいなそれ?」


わたしは、窓ガラスに手をついた。ヴァルゴールさんも同じように外から窓ガラスに手をついている。


「この世界は気に入った?」


わたしはしぶしぶ頷いた。剣に魔法あり、衛生状態はそれほど悪くなく、知り合う相手はみなヒトクセもフタクセもある連中だが、いいひとたちだ。ひとでないのもいるが。

一歩間違えば、気軽に死ねる危険もいっぱいだが、医療魔法が発達しているので実際に「死」まで至ることは少なそうだ。まあ、いままでのところは。


「この世界のことをもっと知りたい?」


これにもわたしは首をたてに振らざるをえない。

わたしの知っているのは、召喚された山奥の廃寺院と、このグランダだけ。

けっこう大きな街でお店もたくさんあると感心したのだが、ここはほんの田舎町で、ルトくんのいるランゴバルドなんかは人口もずっと多くて、夜の街を照らす電灯なんかも普及しているらしい。

それに冒険者学校。まだ見ぬルトくんの仲間たち。

いろんな人にあっていろんなことを知りたい。


もし、時間が許せば、冒険者になって、ほかの国や街、未踏の地の果て、迷宮奥底にも行ってみたい!


「わかった。わかった。わたしもおんなじ気持ちなんでね。

いまはそこまでで、いいよ。その気持を忘れないようにね。」


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