第143話 決着

そもそも、稲妻は斧で払い除けられるものなのか。

ことわりなど知ったことか。


黒雲が呼ん だのか 、風も凄まじい。

注意して歩を進めないと、アウデリアにしても足元を取られそうだった。


右手の斧で、またひとつの稲妻を払い除ける。

弾かれた稲妻は、傍らの木を二つにへし折って、爆発。黒焦げになってたおれる。


アウデリアは、左手に取り出した斧を投擲した。

くるくると回転した斧は、見る間に巨大化し、馬車ほどの大きさになって、フィオリナへ。


雷撃。

光の剣。

常闇の剣。


大きなものだけで3つの術式を展開中のフィオリナにこれを防ぐすべは・・・・

蹴飛ばした。


巨大な斧は、フィオリナの蹴りに跳ね上げらてた中に舞った。

続いてフィオリナが発動した4つ目の魔法は「業火」。

流派、地域によって呼び方はまちまちなれど、一定の区間を炎に包み込み、中のものをすべて焼き尽くす魔法である。

それをアウデリアは、震脚ひとつで、粉砕した。

火の粉が舞い、しかし、アウデリアも無傷ではない。髪は焦げ、皮膚はところどころが剥けて赤黒い筋肉をさらしている。

先にうけた、光の剣によるものも含めて、彼女の自動再生術式はフル回転しているが、追いつくものではない。


アウデリアは、斧をつかむ右手を高く差し上げた。

稲妻はそこに集中する。今度はアウデリアは払いのけなかった。全身に火花が走り、肉が焦げ、損傷した内臓が口から鮮血をしたたらせる。


「ころは、よし。」


にいいっと笑って、アウデリアは、斧の先端をフィオリナにむけた。

斧が吸収した雷撃が紫電となって、フィオリナを撃った。


後ろにふっとぶフィオリナを、しかし、アウデリアにももはやダッシュして距離をつめる体力はない。

一歩一歩、大地の感触を試すかのように歩を進める。


“この手の魔法は、剣で防げないものなのだがな。”


げふっ。

煙と鮮血を同時に口から吐くという、器用なことをしながら、アウデリアは心のなかでつぶやいた。


“いま、たしかに三連撃のうち、ふたつは、切って捨てたよ、な。

しかも存在させるだけで、魔力を消費しつづける『光の剣』と『常闇の剣』で。”


フィオリナが体を起こした。

確かに命中していた紫電は、彼女の服の左胸に穴をあけている。

それでもフィオリナは立ち上がる。


「いや死んでないとおかしいだろう。」


「大きなおせ、わ、だ。ははう、え。」


残念仮面に顔の半分は、覆われているが、顔色は死人のそれ、だ。


「も、もうやめてくださいっ!」

アキルが叫んだ。

うまい具合に、爆発でうまれたくぼみに身を隠している。

「アウデリアさんの目的はわたしの命で、残念仮面さんはアウデリアさんが、対抗戦に出場できなくなればそれでいいんでしょう?」


「そういうことなのだが、それだとどっちも目的を達成していない。

おまえはまだ生きているし、」

「この程度、アウデリアには、かすり傷にしかならない。」


「でも、あなたたちは本当の親子さんでしょ!

それが・・・・」


「ふむ。」

アウデリアは、あごに手をあてて感慨深げに頷いた。そうこうするうちに炭化した皮膚が剥がれ落ちて、下から滑らかな肌が現れる。

「たしかにここまで化け物だと、本当の親子か気になるところだ。あれはわたしの留守に違う女を連れ込んだりしなかったか?」


「知るかっ!

そもそもおまえの腹から産まれたんだろっ!」


「そうだった。」

アウデリアはペチペチと額をたたいた。

「ダメージがきつすぎて、ちょっと混乱していた。」


「と、まあ、このいう風に、実はまだまだ元気いっぱいなわけだ。」

そういうフィオリナも、胸に穴を開けられたにしては、かなり元気に見えた。

大きく、息を吸い込むと、苦痛をこらえるように顔をゆがめ、そのまま息といっしょに黒い塊を吐き出した。


「え、え。い、いま、口から出したものって・・・」


「ああ、母上の攻撃で灼けた内臓組織を排出した。このほうが治りが早い。」


混乱したアキルが、やっぱり異世界は・・・とぶつぶつつぶやいてるのをきいてアウデリアは思った。


馬鹿言え、こいつだけだ。


「とは言え、そろそろ疲れてきた。」

ふう、とため息ひとつ。

美しく残念なひとは、両手の剣を振りかぶった。

「そろそろ、決着といこう。」


「同感だ。」


アウデリアは、体の周りを障壁で覆う。おそらく常闇の剣はおろか、光の剣でも一撃で粉砕されるだろう。

だが、その一瞬の遅延だけでいい。その瞬間に、全力の一撃であの武器を粉砕する。

それらは、顕在させ続けているだけで、膨大な魔力が消費されているはず。

特に常闇の剣は、もっぱら生涯を魔道研究に明け暮れた闇魔導師が、命と引き換えに放つものとして、「命奪剣」と呼ばれる難物だ。

どちらも顕在させた瞬間に相手にむけて、射出するタイプの魔法であって、それを維持していること自体が非常識きわまりないのだ。


わずかに、フィオリナが前かがみになる。

いっきに距離を詰めるのか。


だが、次の瞬間。


フィオリナは両手の剣を、アウデリアめがけて投げつけていた。


剣法、剣技、数あれど、初太刀で自らの剣を投ずる技は、ない。

伝説のウルフ・ウィズキッドという剣客が使ったとの話は所詮、伝説でしか、ない。


それでも。

その距離から、投じられる剣を、アウデリアは意表をつかれながらも叩き落とした。

そのときには、フィオリナが、アウデリアの腰にあたりに組み付いている。

そのまま、体重を移動させ、アウデリアを倒そうと試みる。


く、組技だとっ!


アウデリアは、今度こそ、完全に意表をつかれたと言っていい。

素手の打撃、投げ技、寝技、関節の取り合い。いずれにしてもアウデリアは不得意ではない。

それは習熟に年月をようするものばかりだ。

年を重ねている分、アウデリアに分がある。

そして、体格の差もまた有利に働くはずだ。


膝の関節を極めようと、うごめくフィオリナにむけて、鉄拳を打ち下ろした。

ガードもなにもあったものではない。

ガードした腕ごと、地面に後頭部を打ち付けた。

一撃で終わらせたつもりはない。我が娘はいろいろと残念な面はあるものの、立派な戦士に育ってくれた。

手をはなして、両手で顔をガードするフィオリナの馬乗りになったアウデリアは、かまわずに拳を振り下ろす。

あたったところが。

肩だろうが、胸だろうが。拳の形にへこむ。頭部だけはガードしようとするフィオリナのその両手ごとへしおる勢いで放たれた一撃を、フィオリナはかろうじて掴んだ。

ここから、腕か手首を、極めにかかるか?


アウデリアは嘲笑う。


無理だ。無理だよ、フィオリナ。おまえの成長はよくわかった。その力も。これで、おまえが自分の剣をもっていたら、ひょっとして負けたかもしれない。でも。


フィオリナは、関節をとるのを諦めて、幼子のようにアウデリアの胸に顔をうずめた。

たしかにそこからは、打撃はうちにくい。

だが。

アウデリアの太い腕が、フィオリナの体を抱きしめた。フィオリナだって鍛えてはいるのだが、本当にこうしてみると華奢にみえる。そのまま折れそうな。


抱きしめたフィオリナが、笑った。


「リンド式サンダーエクスプレッション!!」


フィオリナの呼んだ特大の雷撃は、二人の体を同時に灼いた。

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