第137話 魔女と吸血鬼の戦い方
さあ!
お待たせいたしましたああぁああぁっ!
二勝二敗、対で迎えたこの一戦!
ついに!
この時が来てしまったあ!
我らの王妃、いや王太后メアさまがやってきたああぁ!
メアは、ゆっくりと闘技場の中央に歩を進める。
スカートは膝丈。下にペチコートを履いて露出対策もバッチリ。
白いブラウスの袖を捲り上げ、幅の広い帽子。
成年した子供がいるとは思えにような、溌剌とした動作だった。日焼けした顔に明るい笑みを浮かべて、観客席に手を振った。
今日は、グランダの市民の観戦者は少なく、何人かはぎこちなく手を振り返した。
“いや。国民に人気のあるのは分からんでもない。”と各国のからの来訪者の何人かは思った。“こんな王妃ならば王室歳費はよほど削れるだろうからな。それにしてもなんだ、あの格好は! まるで家庭菜園の世話でもしにいくようではないか。”
さああっ!
対するはついに!
そのベールを脱ぐのか、西域最高峰の殺し屋!
ロウ=リンド!
ロウはインバネスでもなくトレンチでもない。
小姓の切るような短い刺繍のついたジャケットにピッタリしたパンツ。
中性的な彼女には、よく似合う格好だった。
サングラスはしておらず、瞳の色は、深い紺色。口元は品よく笑みを浮かべている。
グランダはこのところ、やることなすことメチャクチャで諸外国からの評判を大いに下げていた。
後継をめぐるゴタゴタに、それを事もあろうに魔王宮で決着させようとしたこと。
前王が身体的に健在であるにもかかわらず、 王位をエルマートに譲って引退したのは、その責任を感じたからだとも言われている。
一方で、メア王妃(当時)についてはすくなくとも悪い噂はなかった。悪い噂というより、噂そのものがない。
本来いるべき、外交の場にほとんど顔を出してこないのだ。
もともとが、あまり裕福ではない下級貴族の出身で、華々しい席を好まないとか、性格が引っ込み思案で、人前に出たがらないとかその程度の噂は耳にする。だが、翻って自分の国の王室と比べたときに、華美な贅沢品に埋もれて、外戚一同を政の場に招き入れ、一族で利権を貪りる妃がいかに多いことか。
それに比べれたかなりマシ、だというのが、少なくとも外交に携わるもの、一応の教養として各国の動静に精通しているものには共通した認識だった。
その彼女が。
どうやって戦うのか?
相手も美しい少女だ。
髪を短くし、男装しているがやはり全体には、やはり体格は華奢で、腰のあたりはきれいにくびれていた。
見たところ、ふたりとも手に武器を携えてはいない。
どうやって戦う!
どうやって決着をつける?
「さて、始まりました、第五試合。本日も実況は、わたくし、ウィルニアがお送りいたします。
なんと、特別ゲストが、来てくれています。この方!」
「どうも先代王です。引退この方、王都はひさしぶりで緊張していますね。」
「なにをおっしゃいます。なんでも引退後のお名前を『良識王』と自ら付けられたとか。」
「うむ。なんというか、政治にも外交にもとくに破綻もなく、またアレのおかげで、家庭的にも円満。無事に息子も成長し、こうして無事に引退もでき、地味ながら夫婦仲良く暮らしている。
国民にもぜひ、わたしの生き方を参考にしてほしくてそう名付けました。」
(ルトあたりからは多分、反対意見がでるだろうな、とウィルニアは思った。)
「陛下からみて、メア王太后はどんなかたですか?」
「これが、なんというか、地味で大人しく見えて、おさえるところはおさえている。理想の妻、といってよいかな。
いろいろ、政にも内々のことでもやはり、判断につきかねて苦悩する日もあるわけだ。
それをアレに相談すると、なんというかモヤモヤが晴れて、見事に解決する。
そんなことが何度もありました。」
(そりゃあ、魔女ザザリですからね、とウィルニアは半笑い)
「今日の一戦はいかがご覧になりました?」
「いや、もう、なんというか、勝敗はいい。ただ、ベストを尽くして怪我なく帰ってくれれば言うことはない!」
ロウは、メアを中心にゆっくりと回った。
スキを伺う狼の動作だった。
とたんに会場内に緊張が高まる・・・・ロウはその身に寸鉄も帯びていないように見えるが、暗殺者ならば隠し武器、暗器を持っている可能性もある。そして暗殺者ならば一撃で。
一撃で。
実際・・・どんな勝負になるのかは、ウィルニアにもルトにも想像がつかぬ。
ロウの得意の攻撃パターンは、飛行してからの甲虫弾だが、それはザザリには通じまい。
一方でザザリが本気の空間創造魔法を使ってくれば、この闘技場の安物の障壁など一瞬で吹き飛んで、観客席はおろか街ごと崩壊するだろう。それがあるから、ゲスト席に彼女の夫である前王を呼んだのだが・・・
どうする!
どうやって戦う!
ロウ!
ザザリ!
「ちょっと、肌、焼きすぎじゃない? それにそのエプロン、すごく田舎臭く見える。」
ロウはぼそりと言った。
「あら、いまは毎日、釣りや農作業で楽しくしているわ。べつにとやかく言われなくてよ、お小姓さん。」
「日焼け止めぬっとかないと。もうけっこうな年なんだから。すぐシミになるよ。」
「お、おおきなお世話でしょ? それにまだわたし38なんだからね!」
「おばさんじゃんか。」
「そういうあなたはいくつよ!」
「わたしは永遠の21でーすっ?」
「でた! でた! アホ、ナルシスト! どっかの男娼にでもひっかかりそうな頭の悪さが言動のふしぶしからも伝わるわ!」
「引退した田舎暮らしのおばさんに言われたくないな! これでもわたしは結構もてるんだけど?」
「へえ、じゃあ、ちゃんと家庭を築ける相手は! ちゃんと付き合ってる相手はいるの?」
「い、いまはいないけど」
「ほらほらほら!」
「いや、でもちゃんと向こうもこっちが好きなのは間違いないんだ! ただあっちに婚約者がいて!」
「わー、あっそばれてるんだぁ。かわいそ、かわいそでちゅねー!」
ウィルニアとルトはほぼ同時につぶやいていた。
「口喧嘩で決着かよ!」
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