第136話 闇森の魔女

かつて。とは言ってもほんの50年ばかり前の話である。


グランダの最北、いまはクローディア大公国と呼ばれる国のさらにむこう。

人類の生活圏と魔族のそれを隔てる「境界山脈」がそびえるそのふもとに闇森と呼ばれる深い森林地帯が広がっていた。

そこに闇森の魔女、ザザリは庵を構えて暮らしていた。

なぜ、彼女がそこにいるのか。

元々、彼女は魔王バズス=リウその人の側近中の側近であり、魔族が北に退いたあと、人間たちが追い討ちをかけるのを防ぐためにそこにいた、という説がある。

一方で、魔族が再び、山脈をこえて人間界へ侵攻しないための見張り役をしているとみなす者もいた。


これは、どちらも正しい。

彼女もバズス=リウも人間と魔族がしばらくは別個に暮らすことが必要だと判断していたし、魔族が侵攻を始めようとしても、人間が軍を連ねて境界山脈を越えようとしても、どちらの場合も彼女は止めに入っただろう。


それを除いては彼女にとくに悪い噂はない。


というより、よい噂も悪い噂もいくらでもあった。


北の開拓村のこどもたちは、いたずらをすると森から窯をもった魔女がさらいにくるよ、と教わり、震えて眠る。

鎌からともかく、窯をもった魔女などいやだった。たぶんその場で丸焼きにして食べられてしまうのだろう。おお怖い。

一方で、上古からの叡智、深い魔道の知識をもった貴人として、彼女を探すものもあとを絶たない。

これに成功したものは、少数ながら存在して、具体例をあげれば、現在進行中の対抗戦の原因を作った魔道院前総支配ボルテック卿などがあげられる。

彼の場合は拳法家として、腕試しのつもりでザザリに挑んだのであるが、拳の勝負で一方的に負けて、その場で弟子入りした。

その歳に「魔法がもっとマシになるまで拳は封印しろ。」と命じられ、精進を重ねること幾年月、リアモンドとの一戦でその封印をといた結果が今の、ジウル・ボルテックである。


さて、50年まえ。

魔王宮に異変がおきた。


それまで、数ある迷宮でも屈指を誇っていた魔素の濃度が急速に低下した。

これは、迷宮主、すなわち魔王バズス=リウが死んだ、あるいはそれに近い瀕死の状態におちいったものと、当時のグランダは判断した。

腕利きの冒険者たち、王が即座に動かせる近衛兵団、そして魔道院の総力をあげての禁じられた第7層への突入を図る。

それは第6層の階層主により、阻まれることとなり、以降長期にわたり、魔王宮は閉鎖されることとなる。


闇森の魔女ザザリもまた、魔素の低下の原因をそのように判断した。

念話やその他の方法での連絡が途絶えたことも、その裏付けとなった。

これは、リウが自分の魔素の過剰放出を低下させるための実験の結果、迷宮内の空間コントロールに部分的に歪みが生じたためであったが、当時のザザリには分からなかった。分からないままに彼女は、彼女自身をリニューアルさせるための計画に入らざるをえなかった。

すなわち転生である。


記憶を保ったまま、人間に、しかも近い地域に再び生を得る技術は確立されてはいたが、果たして転生したのが、その本人か、それとも記憶を持った別人なのかは今日でも議論は続いている。

そして事実・・・・


グランダのとある貧乏貴族の三女として生を受けた彼女は、前世の自分と今世の自分の判別がつかなくなる「転生酔い」を起こしたまま、グランダ王の後添えとして嫁ぎ、一子エルマートをもうけた。

メアとザザリの記憶と意思に混乱したままの彼女には、エルマートとリウを別個の人間として見ることができなくなっていた。

その混乱のまま、我が子エルマートを王位につけ、そこにリウの魂を移植する計画を立てた。


そこから、元々の王太子ハルトの廃嫡に向けてのさまざまな動乱と、彼の婚約破棄騒動につながるのであるが、それはまた別の話となる。

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