第135話 もうひとりの真祖

客席に知った顔を見つけて、ぼくは隣に腰かけた。


「あ、どうも。」

「や、どうも。」


相手はうかない顔をしている。

観客席は、7分の入り、だ。今までのように超満員ではないのは、今日のカードはグランダから、観戦禁止の命令が出されたためである。

そりゃあ、温厚で地味で万事、控えめなメア王太后が、狂笑をあげて、女殺し屋をブッコロするとこなんか、あまり国民には見て欲しくないだろう。

一応、報道陣は観戦を許されてはいるが、とりあえず、途中、試合経過はもう書き上げて校正を受けてるそうだ。

つまり、卑劣な反則に耐えに耐えたメア王太后が、観客からの応援パワーで、伝説のスーパー王太后メア・ネクサスへチェンジして、ロウをぶっ飛ばすところまでだ。

後の部分は、ロウが死んじゃうか、KOで済ますのかは実際の試合のエンディングを見て決める。


「どうなると思う?」

と、手にハンカチを握りしめてきく、この美女は、ラウル、と言う。


ラウル=リンド。

一応、サングラスにストール、トレンチコートで変装しているつもりらしいが、変装のカッコまでロウと一緒だから目立つこと目立つこと。

双子の姉妹、で対外的には通しているが、ご家族そろって真祖の血に目覚める?

ありえない!


実際は、ラウルとロウは、同一人物だ。

なんの戯れかはわからないが、リウとウィルニアによって、真祖吸血鬼リンドは二つに分けられた。

能力も半分に、というのがふれこみだが、果たしてそうか?

心臓の鼓動が半分になったら、血圧が半分になったら、歩く速度が半分になりました、で済むのだろうか。


とにかく、ロウとラウルの能力が古のリンドという名の吸血鬼から大幅にダウンしてることは間違いない。


そのかわり、ロウとラウル。どちらかが生きていればもう片方は何度でも復活出来る。

そういう在り方になっている。だから、リンドは不死身だ。


「いつも通りだった。」

ぼくは答えた。

「起きて来たのはちょっと遅かった。旅の途中で拾った異世界人の女の子に色々教えなくちゃいけないことがあって、ちょっと寝たのが遅かったんだ。」

「異世界人!」ラウルは食いついた。「綺麗な子だよね。」

「わりと。」

言われるまで、アキルの容姿にはあんまり関心がなかった自分に驚いた。


ラウルは性格的にはロウと、似てるようで似ていない。

好きになるタイプは一緒なのだが、どうもすぐにちょっかいをかけてくるロウとは、違って延々と妄想にふけるタイプなのだ。

特技は絵である。

「あ。」

「なにが、あ?」


ぼくは、オールカラーのパンフレットを取り出した。

前試合の帰りに配られたもので、Vol4である。


特集は、「ナースのわたしが入院しちゃいました!」で、付録のポスターはベッドに体を起こしたドロシーを後ろからハグしているリアのイラストだ。

微細なイラストは肌の下に流れる血管、筋肉の動きまで分かるリアルなもので、なぜそこでドロシーの部屋着の前をはだけさせるのかは描いた当人でもきかないとわからないだろう。


なので当人にきいてみた。


「なぜ、はだか・・・・」

「ああ、リアのほうねえ。」

ラウルは、うんうんと頷いた。

「ロウの視覚情報から、あのドロシーって女のはだかはいやっていうほど見れたけど、リアの体はそこまで見てないんだよね。」


実際に絵そのものは極彩色で描けるにしても、それを印刷物として、大量生産できるのというのは、どんな技術なのだろう?

まったくウィルニアは、千年、迷宮で遊んでいたわけではなさそうだ。

その技術を、少なくともその一部はおおっぴらに公表しているところをみると知識を秘匿する気もないらしい。

ボルテックにしてみれば、自分が魔道院のトップから退きたかっただための、ウィルニアの引っ張り出しだったが、これはとんでもない、唯一無二の正解だったかもしれない。


「で、なにをしにきたんです? ラウル=リンド。まさかロウの戦いに手を貸すと。」


それならば、勝てるかもしれない。だが、はっきり言うとそうまでして勝つ必要はもうない。

成績にかこつけて、ルールス分校をつぶそうとする動きはあるだろうが・・・

それはそれで、ぼくはちゃんと手を打っていた。


「まさかあ。」

ラウルは屈託なく笑った。

「久しぶりにロウの顔をみて・・・・あとザザリも転生後に会うのは初めてだからだね。興味があった。」

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