第133話 そして第五回戦へ!

「考えられることは、ウィルニアがマルカ=エゼルハセックを密かに慕っていた、そういうことかもしれない。」

ロウの口から知らない名前が出てきた。


ぼくの表情に気づいたのか、ロウはことばを足した。


「そもそも、わたしとウィルニアが知り合うキッカケになった事件、この元凶となった女だ。

街でも知られた商会の会長の娘で、妹に婚約者をとられ、衆人の見守る前で婚約破棄。


おまけにあることないこと責め立てられた勘当を言い渡された。そこまでは同情すべき話ではあるが、妹と、もと婚約者にいきなり暗殺者を送り付けたのはっきりいってやり過ぎだろう。」


そんな。腕力と知力と胆力のないフィオリナじゃあるまいし。


「ところが、暗殺は失敗に終わる。その元婚約者というのに、腕のいい用心棒がついていたんだな。そうして、逆に狙われる身となったマルカは、『 紅玉の瞳 』に庇護を求めた。選ばれたのがわたしと、当時よく組んでいたヤッカという男。」


面白そうだな、と知らず知らずに、ぼくは身を乗り出していた。


「ところが、マルカはわたしたちのもとを逃げ出してしまった。」


「なにそれ?

やることがむちゃくちゃじゃないか?」


「吸血鬼に対する偏見というものはな、いつの時代にもついてまわる。彼女の育った家庭は保守的で吸血鬼に対する偏見と恐れがあった。」

ロウはため息をついた。

「あと、わたしが依頼料が足りないから、おまえの生き血をよこせと冗談を言ったのを真に受けたのかもしれない。」


「100パーそのせいだな。リンド、おまえが悪い。」


「思えば」と、ロウ=リンドは遠い目をした。「当時、あの地域では結婚相手の女性に処女性というものを異常に重視していた。

わたしに血をすわれることで処女でないとばれるのは、怖かったのかもしれない。」


いや、ぜったいに違う。


「そして、わたしたちの元を逃げ出したマルカが頼ったのが、学校の後輩だったウィルニアだ。当時はまだ学生だか、研修生だかだった。」


「それからどうなったの?」


「いろいろあったさ。」

ロウは遠い目をしていた。

「とにかく、たかだか元先輩の女の、しかもわりと残念系の女の頼みを聞いて『紅玉の瞳』とことを構えるなんて、ウィルニアは、密かにマルカを想っての行動だったとしか思えな」


「ぜったいに違うぞ!」


念話による抗議は、二人のすぐ耳元で聞こえた。

大賢者の耳は隣の席にある。


「噂は誰がどこできいているかわからないものだ」という意味の慣用句はこのとき生まれた。





「・・・という感じで現在、二勝三負。まずイベントとしては大成功ってところ。」


口調がよそよそしくならないように。かと言って親しげになりすぎないように。

仲をよくって、きみのことは決して嫌いではないんだけど、きみがほかに好きなひとがいるのなら、ぼくは身を引くよ、ということが言外にわかるように口調をえらんでぼくは、話を締めくくった。


ドロシーは、ベッドに身体を起こしている。


が、思ったより回復は遅い。

冒険者ならそろそろ歩行訓練を始められるころだが、ドロシーはまだ、下半身の感覚を止められたままだ。

腰椎の損傷は最初の判断より酷く、足の骨折も折れた部分の融合がいまひとつだ。


理知的な細面の顔。細い身体。見れば見るほど、戦うことには向いていない。

その顔を伏せ気味にぽつりと言った。


「すいません。わたし負けてしまって・・・・」


「気にしなくて大丈夫。もともとウィルニアの企んだグランダ魔道院の名を上げるためのイベントにこちらが巻き込まれたようなもんだ。

全敗だとさすがに格好がつかなくてまずいと思ったんだけど、一応、二勝できたから。


あとは、正直、星取りはどうでもいい、と思ってるんだ。」


「ルトは、婚約者がいたんです・・・ね。」


そこから、か。そう言えば、そこからロクに話をしていなかった。


「これでも王子さまだったからね!」


「それも知らなかった。」

ドロシーは唇を噛んでいる。叫びたいのを堪えているのだ。


「いまのエルマート陛下は、ぼくの弟なんだけど、彼を王位につけるために、前の王様・・・ぼくの父親から殺されかけて、仲間といっしょにランゴバルドに逃げてきた。」


もうすごくはしょった説明をぼくはした。


「それで素性を隠してたんですか?」

ドロシーは、ぼくの顔を見つめた。

「本当の名前は、なんというのです。」

「ハルト。でも冒険者としては家名のないルト、でけっこう。

仲間たちもそう呼ぶし、もうグランダでさえ、そっちのほうが通りがいいくらいだ。」


「なら、ルト。

王族や高位貴族ならば、即冒険者資格を交付する特別優遇が、冒険者学校にはあります。」



・・・・・・・


えええええぇっ!!なんだってええっ!


「つまりあなたが入学以来したことは、全部無駄でした。」


うなだれたぼくにドロシーは、追い打ちをかける。


「あなたはただ、グランダ王子のハルトで、今度見識を高めるためにランゴバルドで冒険者をやりたい。

冒険者学校か、最寄りのギルドでそう告げるだけでよかったんです。

もちろん、『本物』かどうかの判断は必要でしょう。

でも、入学試験を受けてマシューたちともめる必要はなかったし、神竜騎士団と決闘騒ぎもない。神竜の息吹はあれはあれで利に聡い連中です。わざわざ揉めそうな他国の王族とトラブルなんて起こしません。」


ドロシーのギプスをはめた両腕がそっとぼくの頭を抱いた。

そのまま、胸に抱き寄せる。

肋骨もバキバキだったはずだが、いいのか?

と思ったが、胸にはギプスはしていないみたいだ。


いまの彼女はクリーム色の入院着一枚。

前は、いくつかのボタンで止めているだけで、いつでも診察できるようになっている。

下着? なにそれ、おいしいの?


痩せた胸を通して彼女の鼓動が聞こえる。

熱い血液の流れを、肌を通してぼくは感じることができた。

自分が吸血鬼にでもなったような気がした。

熱い血潮をすすりたい。彼女を。



どうにかしたい。


「婚約者がいるのに酷いひと。」

ドロシーはぼくの顔を力いっぱいに胸に押し付ける。肋骨は、肋骨は大丈夫なのか、ドロシー!

「でもあなたのお陰でわたしは救われました。ありがとう。」


ポタポタと涙がこぼれた。のどをつたって、ぼくの顔を濡らした。


「わたしも酷いヤツです。わたし・・・好きなひとができました。

うんと大人のひとです。

声をきいてるだけで、肌に触れられただけで、身体の中が熱くなるのです。」


ドロシー、おまえが思ってる以上に大人だぞ、ボルテック卿は。

たしか、百と何十歳だ。

「だから、」

うんうん。

「ルトもぜったい好きでいます。」


はあ?


「それじゃあんまり、ルトに悪いと思ったんだけど、きみも似たようなことをしてるじゃない?

きみの婚約者も?」


「ま・・・まあ・・・」


「なら、わたしも同じことします。ルト、あなたのこと『も』大好きです。ずっと。」


これは感動するところだろうか。それとも。

ぼくは、ため息をついた。ぼくの息がはだかの胸にかかったせいか、ドロシーがかすかに呻いて身体をのけぞらせた。


「なら、ひとつ、提案だ。ドロシー。魔道院に交換留学してみる気はないか? 期間は3ヶ月くらい。

ボルテックき・・・ジウル・ボルテックが、きみにいろいろ伝授したがっている。」

「・・・交換って、かわりに誰を。」


答えをきいたドロシーは黙り込んだ。

あまりに非常識だと思ったのか、それともなにか納得いくところがあったのか。


さて、次の試合だ。


元「魔王宮」第三階層階層主ロウ=リンド。

対するは、闇森の魔女ザザリの転生体、王太后メア。


・・・・・


これは、あれだろうか。

試合開始と同時に土下座する練習をいまからでもしたほうがいいのだろうか。



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