第131話 リンドの昔語り
「そんな昔のこと、話したって意味ないよ。」
ロウ=リンドは照れたように言った。
「まあ、その、わたしも昔はヤンチャしててさあ。」
「聞きたいです!
真祖様の昔の武勇伝を!」
ネイア先生が目を輝かせている。
千三百年前の武勇伝・・・ただのサーガでは?
ヤンチャで片付けられるのか?
「ウィルニアがそこを舞台にした、ということは、なにか意味があるのか?」
と、ぼくが聞くと、ロウは真剣に考え込んだ。ややあってから
「いや、ないと思う。」
と答えた。
「単なる思い出の地で、細かい路地が多くて、戦うのに面白そうだ。と、それだけの理由しゃないかなあ。」
「そもそもなんで殺し屋なんかしていたんだ?」
ぼくは、グランダの生まれで育ちだから、そもそも吸血鬼は魔物の一瞬だ。
それが、裏の組織とはいえ、構成員として組織の中でしていたとは、驚きだ。
「まあ、人を殺すことに禁忌はなかったし」
それゃあまあ、吸血鬼だからなあ。
「ボスが、吸血鬼だという噂があって、なんだか吸血鬼に待遇がいいと。」
それが「紅玉の瞳」だったのか?
と、ぼくが聞くと照れくさそうに、そうだ、とロウは答えた。
千三百年の時を経て、結局、ロウはその頭目におさまっている。
紅玉の瞳、当時の組織のボスは、朽ちた体をカラクリに置き換えながらその年月を生きてきた。ただ、最後の最後に、ロウがあったのは、その残骸。
最後の意思に従って自動人形のように、業務を遂行する生き人形にすぎなかった。
ロウは、彼女の意思を汲んで、そのガラクタを破壊して、「紅玉の瞳」を継いだ。
「ウィルニアとはじめて、あったのもあそこだ。」
懐かしそうな顔で、ロウはつぶやいた。
「あいつは、当時から天才として、名を馳せていたが、まだ学生だったからな。
まったく面識はなかった。
過ごした年月は10年ばかりだったが、いまでもときどき思い出す。
実際に第二層の一部をあそこに似せて階層したくらいには。
気の合う仲間はいたが、恋人はいなかったな。
たいして美味くもなかったが、ここで食べたモツの煮込みはいまでも食いたくなる。
そんな街だったな。」
そこは、はるかなる上古。
魔族侵攻前の中原と呼ばれる地域にある港町。
路地から、飛び出したのは、小柄な影。
長いコートに身をつつみ、サングラス。口元はストールで隠している。
「おのれこうぎょうくのひとみのとっぷらんかあたるこのりんどをここまでこけにそてくれるとわらくにそねるとわおもうなよ」
驚いたように立ち止まったのは20歳過ぎくらいの、肉感的な美女。
およそ、そのような美人にふさわしくない「ダサい」格好だったが、小柄な影を見つめて言った。
「妹に婚約者を寝取られ、親からも邪魔もの扱い、さらに暗殺者まで差し向けられたわたしの気持ちなど、暗殺者風情にはわかるまい。」
棒読みではあるが、怒り浸透のあまりこんな口調になることは、まま、ある。
滑舌はしっかりしていたし、これは一応、及第点ではないか。
「ふふみずからがいもうととそのこんやくしゃにあんさつしゃをさしむけておいてそれはとおらない」
「うるさい! 我が望みはすべての破滅。
わたしの行く道を遮るものはすべて排除する。行くぞ、リンド。」
「えるぜるはいぜるでいてるこうれるのこむすめがかえりうちにしてくれるわ」
ねっとりとした霧が二人包みかけた。
「ストップ!
カットだ、カット。」
声が響いて、霧を流していたロウ=リンドの配下の吸血鬼が出てきた。
ほかにも何人か演出を魔法で手伝っていたものたちが、それぞれ、魔術を解く。
「ヨウィス!
ぜんぜん違う!
いいか、お前ははるか昔に、栄えた港町に跋扈する暗殺者ギルドの、凄腕の殺し屋なんだぞ!」
「ぜんぜんむりそもそもなんでたたかうのにそんなせっていがいるのわからない」
ヨウィスは大きく息を吸ったり吐いたりして、呼吸を整えた。
わざと、ではない。本当にこれが苦手だったのだ。
「全然無理だ。
そもそもなんで、戦うのにこんな設定がいるのかわからない。」
やっとこ、普通の口調で言い直した。
「盛り上がるからだ!」
「そうでしょうか?」
暗殺者に襲われる商会会頭の娘の格好をしたネイアは、首を傾げた。
「ウィルニア老師にとってはなにか思い入れのある設定なのかもしれないが、わかりにくいです。
ヨウィスさんは、全く凄腕の殺し屋には見えませんし、わたしも殺し屋に一方的になぶられる役にはふさわしくありません。」
吸血鬼だから、という言葉は避けた。
グランダでその言葉が何を意味するかは知っている。
なおも反論しようとしたウィルニアは、味方と敵からの冷たい視線の集中に苦笑いを浮かべた。
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