第120話 異世界勇者とアウデリア

ドロシーさんがああぁあっ!!

無自覚浮気女が、殺されたああ!


だが、周りを見回せば、焦っているのはどうもわたし、異世界から呼ばれた邪神ヴァルゴールの勇者である夏ノ目秋流、ひとりらしい。

医療の担当者らしき、白い服の人たちが何人も闘技場におりていく。


一刻を争う事態なのは間違いなかった。

ドロシーさんを一瞬で抱き殺した(としかわたしには形容できない)ジウル・ボルテックという魔道院の拳法家のひとも、真剣な面持ちで、治癒魔法では間に合わないおそれがある。「停滞」をかけて治療院に運べ、などと、てきぱきと指示をしている。


さっきの選手紹介では、ひとに隠れて修行をつんでいた孤高の拳法家みたいな感じだったが、その様子は、ひとに命令するのがなれている、けっこう偉いひとのようだった。


ロウさんが、ネイア先生に耳打ちした。


「・・・ついていってやってくれ。いざとなったらおまえの」


「よいのですか?」


「あとのことはあとで考える。ジウル・ボルテックとルトの本気の戦いがみたければべつだが。」


ネイア先生は、頷いて、なんだか繭のような障壁に囲まれて、連れて行かれるドロシーさんを追いかける。


どうも重傷には間違いなさそうだが、命はとりとめそうな感じだ。あくまでわたしの感じだけど。




「いやあ、なんとも凄まじい結末となりました第1試合。勝利をおさめたのは、グランダの魔道院。

見事な戦いをみせただけに、惜しくも敗れたドロシー嬢の安否が気になるところですが。」

「全身の骨を砕かれましたからね。肋骨や背骨、腰骨などが著しく損傷、吐血の状況から見て、折れた肋骨が重大な臓器を損傷させている可能性が高いでしょう。」

「心配ですね。」

「現代魔法医学がなければ、重篤な状態です。だが、不幸中の幸い。グランダの魔道院には、最先端の現代魔法医学に加えて、上古に失われた高度魔法医学にも深く精通したスタッフがいるのですよ。」

「失われた知識に精通している・・・・・意味がわかりませんが。」

「なにしろ、学院長があの古の“賢者”ウィルニアですからね。」

「なるほど! そういうわけですか! いやあ、まったくウィルニアが学院長でよかったですね!」

「まったくです。やはり学院長といったら賢者ウィルニアに限りますね。」

「それではマイクをいったんお返しします。アナウンスのウィルニアでした。」

「解説のウィルニアでした。明日もまた対抗戦をお楽しみください。」



なんだか、わからないけど、賢者ウィルニアっていうのはものすごい変人だと思う。


これで、今日は終わりかな。わたしもあとで、ドロシーさんのお見舞いにいこうかな、と思っていた。


の、ですが。



闘技場の真ん中に、運ばれたドロシーさんにかわって、さっき紹介された冒険者の女の人が立っている。

腕をくんで、上空を睨んでいる。

てこでも動かない。そんな感じだ。




な、なんだあ!

今日は第二試合は組まれていないぞお!?

限りなく英雄級に近いと噂される、凄腕冒険者アウデリアが闘技場の真ん中で仁王立ち!

これは!

誰かを待っているのか?



「ヴァルゴールの臭いがする。」


女の人にしては低い声は、闘技場に朗々と響いた。


「即刻、排除させてもらう。

異世界人と称するヴァルゴールの使徒よ。すぐに出てきてわたしと戦え!」


ぎえええええええっ!わたしをご指名!


「アキル・ナツノメと言ったな。

わたしの目には、おまえは邪神ヴァルゴールの使徒・・・いいや。」


アウデリアさんは、白い歯をみせてニンマリと笑った。まるで牙をむきだした肉食獣みたいだった。


「ヴァルゴールそのものにしか見えん。」


「そ、それはそうかもしれません!」

わたしは精一杯の声で叫び返した。

「わたしの身体は、元の世界で交通事故でめちゃめちゃになってしまったんです。これはその転生途中であったヴァルなんとかってへんな神さまがこの世界用につくってくれた身体なんで、そりゃあ、ヴァルゴール臭いのもあたりまえです。」


まだ帰らずに残っていた観衆が騒然となった。


わあ、ヴァルゴールって人気があるんだ。


邪神だ!邪神の使徒だあ。

捕まえろ!いや殺せ!殺すんだ。

警備兵はいないのか!だれか冒険者を呼びにいかせろ。


・・・悪い意味で。



「待ってください、みなさん!」


すくっと立ち上がったのは・・・たしか、メア王太后陛下。

優しげな顔立ちに憂いをこめて、観衆に訴える。


「素性さだかならぬ異世界からの転生者なれど、その転生にヴァルゴールが関わった。それだけのことで断罪されてしまうことがはたして正しいのでしょうか?」


うーん。

難しいけど、邪神だからなあ。わたしが言うのも何だけどある意味正しいかもしれない。


しかし、観衆の皆さんはメア陛下の言葉に、悪い夢から覚めたみたいに冷静になっていった。


「アキル、あなたはこの世界に害をなすために現れたのですか?」


「ち、違います。そのヴァルなんとかさんは世界を救えみたいなことを言われましたけど、具体的には何も要求されてません。

できれば、元の世界に帰れるまでここで、のんびり暮らせたらなあ・・・なんて。」


「その言葉を信じようではありませんか、みなさん!

この世界は、たったひとりの異世界人でどうにかなってしますほど、やわなものではありません。

アキルが元の世界にかえったあともこの地ですごしたことを、自慢できる。

そんな風に彼女を迎えましょう。」


ドン。


と音がした。アウデリアさんが地面をけった音だった。そのままジャンプして、メア陛下の前に着地する。

ほとんど鼻を突き合わせる用な距離。


「ザザリ! てめえは観衆を精神操作しやがったな!」


「あら、アウデリア。」


ずいぶん離れているのに二人の会話は、はっきりとわたしの耳に聞こえる・・・なぜだ?


「わたしのことはメアって呼んでよ。ザザリは前世の名前。記憶と能力は昔のままでも別人なんだから。」


「記憶があって能力もあって、別の人間だとは、ずうずうしいにもほどがある!」


「はいはい。確かに『転生醉い』にかかってあなたのお嬢さんやルトには迷惑かけたわ。でもそれとこれは別。

わたしは、アキルをここで排除するのは反対よ。

だって、彼女」

うああ。

メア陛下ってこんな笑い方もできるんだ。


これは・・・おしっこもれそう・・・・


「勇者なのよ? 神に選ばれた。

これから何をするのか。何と戦うのかはわからないけど、

たぶん、本来の意味の勇者・・・この世の絶対危機を救うため、神が他の世界から招いた希人、という意味では、たぶんクロノ以来じゃないかしら。

殺すなんてもったいない。」


「ふむ? じゃあ、こうしよう。いま我々は対抗戦の真っ最中だ。

わたしをアキルと戦わせろ。ルールは、武器あり、魔法あり、召喚なし。一対一の戦いだ。」


「それは私の権限じゃあないわね。」

メア陛下は肩をすくめた。

「ルトとウィルニアにきいてみましょう?」

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