第121話 目的のための手段のほうを楽しむやつら
観客は、かえりに豪華な多色刷りのパンフレットを渡された。
「対抗戦」の日程に、選手たちの絵入りの紹介が入った豪華なパンフレット。
付録は、氷雪竜人ラスティのビッグポスターである。
一日で終わるはずの「対抗戦」が、これからも続くこと。それによって滞在費用の拡大することは、あまり有難くはなかったが、それよりも明日以降も楽しみが続くことの期待感が不満を上回っていた。
そして多少の不満は、このパンフレットが解消したくれたのである。
そう。
これは単純な「対抗戦」ではない。
グランダを挙げての一大興行であり、そのことを一番理解していなかったもの、つまり出場選手たちも第一試合が終わった段階でそれを否応なしに実感されられた。
さて。
魔道院の学院長室は、ボルテック卿のそれとはだいぶ様変わりしていた。
ぼくの記憶では、かなり重厚で赤を基調の絨毯や部屋の仕切りのカーテンも豪奢で値の張るものを使っていたはずなのだが。
ウィルニアのそれは、クリーム色の壁紙が貼られ、機能(のみ)重視のデスクのうえには、コルクボードがいくつも立てかけられて、そこには、無数のメモがピン留めされていた。
無駄に広い部屋には、あちこちに青白ストライプのソファが置かれ、呆れたことに、窓があった。
しかも、窓は大きく開け放たれ、外は広いバルコニー、その向こうには、散歩によさそうな小道が、雑木林にまで続いている。
「さあ、座って座って」
と、この部屋の主は、上機嫌でぼくたちを接待するのだが、正直、居心地は悪い。
「空間を創造しておるのか。」
ルールス先生は、気味悪そうにあたりの壁をさわった。
「いや、違うよ。ここはあくまで魔道院のなか。ただ少し拡張しただけだ。」
ヨウィスが糸を操ってお茶をいれはじめた。
なんでも、冒険者のほうは休業してウィルニアの秘書をしているらしい。
「生活は安定がいちばん。とくにリヨンはまったく生活力がない。」
クリュークが受肉に使おうとしたため、体の大半を欠損したリヨンであるが、とりあえず再生には成功。さっきの選手紹介に平気で欠席しているところなど、精神状態も
なぜいまも一緒に暮らすことになっているのか、まさか、ここもデキていて。いやいや邪推がすぎる。
部屋には両校のメンバーがほとんど集まっている、
来ていないのは、ラスティにリヨン。
エミリアとアキルは、ロウに連れられてドロシーの見舞い出かけてている。
第三者がみたら八百長の疑いをかけられてもしょうがない。
「ドロシーの方は心配ないぞ。」
ジウル・ボルテック、いや、ここには事情がわかっているものばかりだからはっきり言っていいだろう。
前魔道院総支配人ボルテック卿は、ニヤニヤと笑いながらそう言う。
「魔道院は治癒術式でも、グランダいや人類文明圏最高峰の機関だ。
とは、言え、正直言うとやりすぎたな。
あの妙なボディスーツはなんだ?」
あれがなければ、まずかった。粉々の骨片と肉片を繋ぎわせて蘇生される手間を考えるとゾッとするわ。」
「ギムリウスの糸で作ったんです。ロウが彼女に合わせて作らせた特別製ですね。」
ぼくは、今はあんまりボルテック卿と目をわせたくない。
重い息を吐いてやっと言った。
「これで、あなたの87勝3敗です。」
予想していないことはいくらでもおこるのだし、ぼくはそんなことはよく分かっているはずだった。
ボルテック卿は、にんまりと笑った。
じじい、の彼がそんな笑いかたをすると、本当に嫌なくそじじいだったのだが、青年の彼がやると、なかなか苦み走ったいい男だ。
いわゆる大人の男の色気のある笑顔というやつだ。ぼくには真似できない。というか真似したらとんでもなく滑稽になってしまう。
「初めておまえに勝った気がするよ。
しかしなあ、初めて王立学院で出会って転移魔法について、論戦したときが懐かしいよ。
いずれ、俺の地位を脅かすだろうとは予想していたが、まさか女を取り合う日が来るとはなあ。」
「あなたもドロシーを気に入りましたか?」
「そりゃあ、もちろんさ。気立もいい。戦うのが嫌いなくせに戦いに背は向けない。痛いのは苦手なくせに、痛い思いをするのも厭わない。
体型的にはもうちっと、育ってほしいが、まだ10代だろう? これからに期待するさ。」
ボルテックは、そこまで言って困ったようにぼくの顔を覗き込んだ。
「・・・いや、冗談だぞ。確かにいい女だと思うが、俺は分別の固まりなんだ。
気に入ったからと言って、やたらに相手を口説いたり、寝屋に誘ったりはしない。
まして、その・・・他ならぬおまえの想い人ならな。」
「それはドロシーが、自分から迫ってきても?」
「え? いやそれは・・・どうかな、昔から言うだろ?
『皿に盛られた煮込みは冷めないうちに食え』って。
・・・・・そういうタイプの女なのか?」
「好きになった相手には。
そして、まずいことに、複数の相手を同時進行で、好きになれるみたいです。
絞め殺されて始まる愛は、初めて見ましたが、ドロシーもあなたを。」
「そいつは・・・」
困ったモンだな。惚れた男の方が振り回されるタイプか。
とボルテック卿はぶつぶつとつぶやいた。
それはさておき。
さておきたくはなかったのだが、こっちも解決しなければならない。
ルールス分校長どのはさっきから、ウィルニアを怒鳴り散らかしたくて、うずうずしている。もうそろそろ我慢の限界なのだが、なかなか順番が回って来ないので、いらいらしているのだ。
今、ウィルニアに詰め寄っているのは、フィオリナだ。
で、その理由が。
「なんでパンフレットの付録のポスターが、わたしじゃなくて、ロリ古竜なんだっ!」
「・・・だって、普段からラスティはあの格好だし。絵姿が描きやすかったんだよ。
それに、あのくらいの若い子がいいって人も多いんだよ!」
「いくつよ!ラスティは!」
「確か550歳くらい・・・若くない、とか言うなよ。古竜にしては破格に若い。」
「それにしてもわたしを無視してなんでラスティをっ!」
「残念仮面の格好でグラビアやるのか? 大公家の姫君だろ、きみは!
あんな太もも出せるのか?」
信じられない。賢者ウィルニアが分別あることを言ってる。
「絵姿だから関係ないっ! それに一部、盛っといてもらってもいいから・・・第二号はわたしで!」
「残念ですが、第二号の特別袋とじポスターは『銀雷の魔女』ドロシー・ハートで決まりました。」
ここに割って入らなければいけないのか。どんな罰ゲーム人生なんだろう。
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