第119話 銀雷の魔女
ドロシーは立ち上がる。
首を絞められて落ちる寸前だった。だが、このタイミングしかなかった。最初から手に炎で包んでいたのは失敗だったかもしれない。
息が苦しい。
喉が空気を求めてヒューヒューと音をたてた。
あまりの惨劇に場内が鎮まり返る中、再びドロシーはよろよろと、ジウルに近づく。
視力を、少なくとも一時的には失ったジウルに今度こそ、打撃を打ち込むのだろう。
大半のものはそう思った。
だが。
おそらくは「音」で、ドロシーの接近を把握したのだろう。大ぶりのパンチを交わしたドロシーは、三度、ジウルに組みつき。
その耳の辺りを両手で挟むように叩いた。
「な、なんと言うことだーーーーっ」
「い、今のはなんですか? なんの攻撃です?」
「風魔法の応用です。視力を奪ったのに続いて、今度は風圧で鼓膜を破った。聴力も失わせたのです!」
「お、恐ろしい。情け容赦のない攻撃に、ジウルが膝をついたーーっ、このまま決まってしまうのか、決めるのか!ドロシー・ハートおぉ!」
ジウルは、このとき実は焦ってはいない。
格闘技者としてではなくとも、過去の幾多の魔道を使用しての戦いで、視力、聴力を同時に奪われた経験は幾多もある。
そして、相手の闘気を感じ取ることで、それをカバーし、勝利に結びつけ・・・・
「アッハッハッハッハッ!
無理無理無理ぃー!
ドロシーはもともと闘気なんて、操れないからねー!」
ロウが残酷にして的確な指摘を行ったが、それは当然ながら聴覚をも失ったジウルは通じない。
「あとは、練習用の木人形みたいに、一方的叩きのめされるだけだっ!
いけっ!我が弟子ドロシー!」
「おおっとお!?
なんと、ドロシー嬢の師匠は、西域最悪の殺人鬼ロウ=リンドだったのかーっ!
これは、あまりに凄惨!一方的な殺戮劇となってしまうのか。第一試合。」
まじょだ。
誰かがそう呟いた。
魔女がやってきた。
銀雷の魔女!
銀雷の魔女!
銀雷の魔女!
銀雷の魔女!
このとき。伝説がひとつ誕生した。
対戦相手を締め、極め、電撃魔法ですり潰す。
銀雷の魔女ドロシー=ハート。
その伝説はここから始まる。
まだ、呼吸は戻らない。
それよりも眼球に指を入れた時の、ぬるりとした感触、風魔法で聴覚を奪った時の、頭の中でなにかが弾ける音。
そういったものが、ドロシーを消耗させていく。
ジウル・ボルテック。
魔道院の前学院長の曾孫だというかれは、あごを引き、両手は顎の下。脇を締めて、両足をやや内股にして立っている。
両目は閉じ、口元は固く結ばれている。
明らかに攻め、の姿勢ではない。
防御に、徹した構えだった。
ドロシーは息をゆっくりと吸い、ゆっくりと吐いた。
体から緊張を吐き出していく。
ここから、だ。
ここから最高の打撃を打ち込む。
それがたとえ。
体を半回転させてはなった蹴りが、ジウルの脇腹にすいまれた。
弾かれたっ!
それは人間の体の感触ではない。
誤って石像を全力で叩いてしまった時の。
新たな苦痛にドロシーの顔が歪む。
だが、勝機はここしかなかった。
足の踵に氷の刃を形成しての、後ろげり!
それは鉄の硬さと鋭さを備えているはず。
砕けた。ならば風による加速を加える。
効かない。
折れたのはドロシーの指だ。
腕を鉄塊でつつんで殴りつける。3発目で鉄塊が砕けた。
それならもう一度電撃で。
ジウルの首に手を回し、出来るだけ体を密着させる。
自分の体ごと燃え尽きてもいい。どうせこれは自爆技だ。
さようなら、かな。ルト。
ジウルが目を開けた。
ルトにも、もちろんマシューにもない男くさい太い笑み。
つぶした目は再生していた。
「いい女じゃないか。名は?」
「と、ドロシー」
「いいね。また会おうぜ、ドロシー」
男の腕がドロシーを押しつぶすように抱きしめた。
それはたぶんエクスタシーに近いものだったのかもしれない。
歓喜の悲鳴とともに、次の瞬間、ドロシーの全身の骨は砕かれていた。
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