第114話 困った婚約者たち プラス1

夜もよほど更けてきた。


旧「帝」都。

かつて、魔族の手に世界がのまれようとした時代。

世界の中心であった都は、無人の廃都となり、しかし千年のときを経ても完全に朽ちることはない。


魔王宮入口のある「神殿」をはじめ、いくつかの建物や街を取り囲む城壁は、いまもなお、千年前の威容を保っている。

そのひとつ。

なんの目的でつくられたかもわからぬ尖塔のてっぺんに三つの人影があった。


およそ、ひとが登ることなど想定もしていない曲線を基調とした屋根である。

風は、北風。

地上を歩く生き物ならば、数分とは立っていられない。


「ミュラ先輩をどうする?」

「貧乳女とリアをどうするのよっ!」


2つの人影が発した声はほぼ同時だった。


少し離れた影は、そんなふたりの様子をにやにやと笑いながら眺めている。

暗闇のなかに、ニヤニヤ笑いだけが浮かび上がる。そんな非人間的な笑いかただった。


笑いの主は、ロウ=リンドという。

ルトと、フィオリナが初めてあったときのようなインバネスに身をつつみ、赤光に光る目でふたりを見つめている。


その視線だけで。温かい血をもつ生き物はすべて彼女の足元にひれ伏して、血を吸ってくれと泣き叫ぶだろう。


ルトとフィオリナは、その眼光を平然と無視した。


「まったく・・・・」

着替えをもっていないのか、着ているものは例の「残念仮面」のものであるが、マントははずしてスカートのように腰に巻いていた。肌寒いのか肩からはベッドのシーツをぐるぐるまき。

「わたしもすごく悩んでるんだけど。」


「ものすごく優秀なひとだぞ、ミュラは。このまま埋もれさせるのか?」


「それを言ったら、よくまあ、あんな才能のある鶏ガラをこの短期間に見つけたよね!」


「ドロシーのこと?」


「ああ、名前があったんだっけ?」

フィオリナは、主人公をいじめる公爵令嬢さながらの笑みで答えた。いや公爵令嬢ではない。大公家の姫君だ。

悪役令嬢が途中でランクアップするな、とルトは思う。


「リアにもちょっかいかけてたから、胸の大きい子が好みなのかと思ってたら」


「フィオリナは足のきれいな子がこのみだよなっ!」


「ああ、気がついてたんだ。まあ、外見的な好みより、ミュラの場合には才能と献身っぷりにほだされてしまったんだけど。」


フィオリナは、とても座れないような塔の瓦の一枚に腰掛けて、髪をかきあげながら、ルトを見つめた。

その目つき、怖いからやめろ、とざんざん、マナー教師から言われた角度であったが、今回の視線は比較的穏やかではあった。


「ほんとに。わたしたちになんか出会わなければもうちょっと違う人生が待ってたんだと思う。」


フィオリナは深い、深いため息をついた。


「それはどうだろう。

もし、フィオリナと出会うことがなかったら、ミュラ先輩はいまごろ、適当に親が見繕った結婚相手が決まる頃だろう。

それが、悪いこととは思わないし、ミュラのところは歴史ある名門の伯爵家だ。経済的に困窮することはないし、嫁ぎ先だって丁重に彼女を扱うと思う。

でもそれだとギルドの切り盛りなんて、永久にすることはなかったし、後輩の美少女と。」


ルトは、わざとらしく咳払いをした。


「成人してるのにもかかわらず美『少女』を名乗る後輩とアレコレする機会もなかったわけだ。」


「おや? 『美』少女なのは認めてくれるのね。」


「実際に綺麗じゃないか、フィオリナは。」


それは、愛の囁きではなく、冬は寒い、くらいの当たり前の事象を語るような口調で言われたので、いささかフィオリナは不満だった。


「リアはどうなっていた? あなたと『闇鴉』で出会わなければ?」


「どこかのパーティのポーターで雇われてただろう。タチが悪いところなら無理やり、良心的なパーティならば口説かれて、そのうちの誰かと関係をもって、底辺冒険者を続けていただろうな。

でもあの才能だからきっと、どこかで頭角を表すよ。」


「彼女の場合は、そもそも王立学院を退学になって、冒険者をやろうなんて考えたのも、誰かさんの婚約破棄に巻き込まれたからだからねえ?」


「ああしないと、グランダとクローディアの全面戦争になるだろっ?」


「いえいえ。

わたしは、そのまま、きみを拉致って、王宮に乗り込む。歯向かうものは皆殺しにして、きみを王位につける。」


「でも、王妃メアは闇森のザザリさんだぞ。」と、ルトは指摘した。「あの時点じゃあそんな情報はだれも持ってなかったし、いくらなんでも父王やエルマートを黙って殺させたりはしないだろ。」


「なかなか思うようにはいかないってこと?

じゃあ、ドロシーは?

あなたと合わなければどうなっていた?」


「最悪だと冒険者学校に落ちてた。」


「あそこはそういうシステムじゃないはずだけど?」


「ドロシーの主筋の子爵家の坊ちゃんっていうのが、少しアレで」

ルトは顔をしかめた。

「試験会場で無駄な騒ぎを起こして、退席させられる可能性は十分あった。

運良く合格できたあともどうかな、坊ちゃんは、さっそく『神竜騎士団』と揉めてたみたいだし。


まあ、そこら辺をなんとかクリアしたとしよう。

冒険者学校は女の子が少ないし、彼女の主のマシュー坊ちゃんも実はドロシーを憎からず思っていたようだから、そのうち自然にそう言う関係にはなったと思う。 」


「まあ、あの子もそれなりにはきれいよね。」


しぶしぶといったふうにフィオリナは言った。


「体型的にはどっちかというとリアよりも好みのタイブでしょ?

スレンダーだけど、適度に筋肉ついてる子が好きなのよね。」


「試験会場で最初にあったときは、猫背で痩せすぎてて、直ぐに、喚くし」

ルトは振り返った。

「そこら辺の矯正は、ロウのおかげだ。」


でしょでしょー

と、ロウは満面の笑みを浮かべた。


「ところで、二人きりにさせてくれる気は無いのか?」

フィオリナがロウを睨んだ。


「ん~? だっておふたりの浮気の後始末でしよ。わたしも関係なくはないよ、どっちともキスくらいならしてるし。」


「そうなの?」

と、ルトとフィオリナは互いに顔を見合わせて同時に言った。


「あなたたちのことは二人とも大好きだからね。」


ロウは後ろから二人の首に腕を回して抱きしめた。

ルトは体術で、フィオリナは力任せにでも振りほどくことはできたが、二人はあえてそうしなかった。


体温こそ感じられなかったが、ロウ=リンドの人間にはあり得ないねじくれた方向でも真摯な愛情は二人にはともて温かなものに感じられたのだ。


「それはともかく話をもとに戻した方が良くない? 夜は長いけど無限ではないから。」


「もとの話・・・・ああ、ミュラ先輩とドロシーとリアの今後をどうしようって話か!」


「というより、あなたたちのこれからをどうするかって話!

そっちの方が差し迫って重要でしょうがっ!」


この当たり前すぎる指摘には、ルトもフィオリナも同意しなかった。

フィオリナは、顔をしかめて、ロウの腕からするりと抜けた。

ルトは。

ルトは、遠くを見ながらつぶやいた。


「いや差し迫って重要なら、アキルの方だ。」


「いや、あのさ。これ以上、相手を増やさないでくれます?」


「ではなくて」


フィオリナは立ち上がった。

ひゅう、と吹いた風に足を取られて、転落したが、ロウもルトもまるっきり心配してやらない。


「夜明けまでにまだ、けっこうあるから。」

くるりと、中空でとんぼを切って、浮かぶと、ニッと笑って(それが照れてる時の笑い方なのはルトだけがわかった)言った。

「ミュラんとこに行ってきまーす。」


飛翔の速度は、真祖吸血鬼のロウが呆れるほどだった。


「さて、婚約者も情人のもとに走ったし。」


ルトは、ロウに笑いかける。


「ぼくもドロシーを覗きに行こうかな。送ってくれる?」


こいつらの血は何色だ!!


ロウは心の中で叫んだが、結局、連れて行ってやることにした。面倒見の良い姉御肌の吸血鬼なのである、彼女は。


ちなみにドロシーは、ルールス分校長とネイア先生、エミリアと同室で、万が一の暗殺を恐れたネイアが張り巡らした多重結界のため、近づくことが出来なかったのであるが。


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