第113話 賢者ウィルニアの提案

「そうそう、ゆっくり、浅く呼吸をして、ふかく息をすいすぎないようにゆっくりと。」


気付けがわりに、クローディア大公の秘蔵のワインをグラス一気したルールス先生はようやく人心地ついたようだった。


「なんで、魔王と神竜と神獣と真祖が冒険者学校に通っている?」


「それはランゴバルドがぼくの『到達級』の冒険者資格をみとめないからでしょ?」


ルールス分校長は追い詰められたように、あたりをきょろきょろ見回したが当然、脱出路などあるわけもなく。


「そ、そうだ。銀級の冒険者資格をくれてやるから、とっとと出ていってくれないか?」


「この前までならそれもできたかもしれないですねえ。」

ぼくはにやっと笑いながら、ルールス「分校長」どのの肩をポンポン叩いた。

「ルールス『分校』にはまだ、卒業生を冒険者認定する制度すらなかったんじゃありませんか?」


「まあまあ、ルト、ルールス先生、ささいなことは置いといて、対抗戦の話をしましょう。」


賢者ウィルニアは、ビジネスライクな微笑みをうかべて、ルールス分校長の空のグラスにワインを注いだ。

なぜかミュラ先輩を思い出して胸が痛む。


フィオリナを挟んで、ぼくをライバル視していたためか、ぼくへのあたりはきつかったがいい先輩だった。ものすごく有能だし。今宵の逢瀬はぼくが邪魔してしまったんだな。


「まず、わたしは、この対抗戦を通じて我が校の評判を高めたい。これについては、ルールス先生も同様のお立場かと存じます。

もう少し分校の立場を強くしないと、ルトたちを卒業させることもできない。


いやあ・・・わたしも何百年か彼らとともに迷宮ですごしましたが、すごく気のいい仲間たちです。

うらやましいお立場です。かわってほしいくらい。」


「・・・か、かわって・・お願いだからかわって・・・」


「そう言われてもわたしも、グランダ魔道院の長としての職務がありますので。

そうだ!


いっそ、職務を交替いたしますか?


いや魔道院も先般、かの高名な斧神の化身、冒険者アウデリア殿に、闇森の魔女ザザリを講師に迎えいよいよ、充実しておりますが。」


「も、もういやあ。」

ルールス先生は泣き出した。

「おうちにかえるうう。」


「とう言う冗談はさておき。」

賢者は悪魔のごとく冷徹に言った。

「現在の情況を、ルールス先生にわかりやすく説明してくれたまえ、ルトくん。」


「ああ、ええとですね。」

なんでぼくにふるかなあ。あ、めんどくさいのか。よくわかった。


「ランゴバルド冒険者学校ルールス分校、グランダ魔道院両校の評判を高めるための対抗戦なので、まず、出てくるだけでまずいイロモノを排除しました。

具体的には」


ぼくが指さした先では、残念仮面がロウを後ろからはりとばしていた。ロウが調子にのって、アキルの血を吸おうとしたのを止めたのだ。ナイス、フィオリナ。


「ああいう、存在自体が良識を疑われるようなヤツですね。これをだれにも気づかれないまま、盤外戦で姿を消させることに成功しました。おまけにぼくまで道連れです。


形の上では、こちらの先勝ですが、実質人前にだせないやつを、ぼくをコミで排除できたわけですから戦略的にはウィルニアの勝ちでしょう。

まあ、ここからが本当の勝負です。」


「うむうむ」

ウィルニアはにこにこと頷いた。

「今回の対抗戦は、ずいぶんと注目はあびている。ルトがわざわざ旧都に宿をとったことでもわかるように、王都内の宿は、今回の対抗戦を見に来た西域有力者や学校関係者で満杯だ。

つまり、ここで、彼らのお眼鏡にかなう力を見せつけてやれば宣伝効果は抜群!」


「し、しかし」ルールスは、ぐしぐしと鼻をかみながら上目遣いで言った。「もともと対抗戦に名乗りをあげたのはわが校くらいで」


「それはそうでしょう。神話の登場人物を騙る学院長などと付き合いたい学校がどこにあります?」

ぼくは、ウィルニアが嫌な顔をするのを楽しく見守りながら言った。

「ただ、神話の登場人物を騙る学院長、見てみたいとは思うでしょう。かの初代勇者の記憶をもつ勇者クロノが『本物』として付き合っているという噂もある。ひょっとしたらひょっとする・・・」


「おまけにランゴバルド冒険者学校の元学長が、分校に飛ばされたという。今ならランゴバルド政界にも強いパイプをもつルールス前学長をスカウトできるのではないか?」


「いや左遷とは名ばかり、実は校内でも選りすぐりの生徒をあつめたエリートクラスを作ったとの噂もある。

その実力やいかに?」


「な、なんだか、見たくなってきたな!」


「でしょう? ここでいいところを見せておいて損はないわけですよ。」


賢者ウィルニアとぼくの、二人がかりの説得である。いかに百戦錬磨のルールス先生とはいえ、ちょっとかわいそうだった。


「で、具体的にはどうすれば?」


その質問が出てしまえばもう上がり、だ。


「盛り上げるために前もって対戦相手を発表しましょう。なに、一日で終わりにしなくてもいい。連中の滞在期間が長くなれば、グランダも潤います。」


「まずは第一試合。誰と誰に戦ってもらうかはルトくんが決めてくれ。試合方法はわたしが決める。いいね?」


ウィルニアはうきうきとぼくにペンと紙を差し出した。

ぼくは、ペンを走らせる。


「第一試合 ドロシー=ハート 対 ジウル=ボルテック。」


「いいねえ。なら試合形式はこれにしよう。」

ウィルニアが指をならすと虚空から、一枚の木の葉が舞い降りた。

虫が食ったような字で。いや実際に虫が食った痕だったのだが。


「フリースタイル格闘戦」

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