第106話 故郷グランダを素通りし

「あ、あのありがとうございます。助けていただいて。それから、これからの面倒もみていただいて。」

ラウレスが飛び立ってすぐ、アキルは、そんなことを言ってぼくに頭をさげた。

黒い髪。オリーブがかった滑らかな肌。すらりと伸びた四肢・・・

ああ、ロウがまたぼくをにやにや笑っている。


・・・あのなあ。外見的に好みのタイプだからって、片っ端から変な想像はしないでくれっ!


「ご迷惑・・・じゃあ、なかったですか? なにか旅の途中だったのでしょう?」


「ああ、これから、グランダの」と言いかけて異世界人であることを思い出した。「北にあるグランダという国の魔道院・・・まあ、魔道を教える学校と、我々ランゴバルド・・・西のほうにある国です・・の冒険者学校ルールス分校との対抗戦に行く途中だったのです。


なのでグランダにはいっしょにお付き合いください。学校同士の対抗戦ですから危険なことはありません。」


「でも・・・冒険者学校ってわたしが入学してしまっても大丈夫なんですか?」


ぼくは曖昧な笑みで返したが、ルールス分校長の腹のなかはよめている。


邪神といえども神がわざわざ異世界からよんだ「勇者」だ。

ルールス分校にいれれば否応なしに評価はバク上がり!間違いなし。



グランダについたのは夜になっていた。

運ぶ人数がひとりふえたくらいは、古竜にとってたいした負担にはならないはずだが、寄り道をしたのが、きいている。


もっともぼくが、そういうふうに時間を調整した部分もある。いくらグランダ上空に飛行の規制がなくてもそれなりに力のある魔道士がいないわけではない。

姿を見られて、騒がれるのもいや、だよな、ラウレス!


“思い出させないでええぇえっ”


ラウレスはついこの前、聖帝国の先遣隊の長として、グランダをおとずれ、イキって黒竜化したあげく、王都を滅ぼすと宣言しておきながら、ブレスをアモンにかき消され、「竜殺」ゴルバに翼を切断されて泣いて帰ったという輝かしい過去があるのだ。




グランダ王都を少し迂回する形で、ぼくらは飛んだ。

わずかな間だが、西域の大都市に暮らしたぼくには、王都はまるで闇に沈んでいるように見えた。


実際には、まだまだ宵の口。夕餉を囲んでいる家庭も多いし、酒を飲ませる店はこれからが商売の時間だろう。



それでも電気による明かりが普及していない街はこんなものんだ。


ぼくは、今は(いや昔もかな)グランダの政治にはまったくかかわることがなかったが、できれば電気の普及だけは早くさせたい、と切実に思う。


「ラウレス、旧帝都はわかる? そっちにとんでくれ。途中に丘があるから、その手前で降りよう。」


“アイアイサー、オーナー”


「オーナー止めろ。」


王都と旧「帝都」は徒歩でもらくらく行き来ができる距離である。

もともと、旧「帝都」の魔王宮からの上がりを経済基盤につくられたのが、グランダであり、王都なのだ。


半世紀前、魔王宮が閉鎖されてからすっかり寂れた街道も整備し直され。


いや、呆れたことに光魔法による、街灯までついている。日が落ちた今も、馬車が何台も行き来しているのが見えた。

道幅も拡張されている。馬車が何台走ってもすれ違いに問題のない広さだ。

財務卿となったバルゴール伯爵の手腕だろうか。ぼくは本気で感心した。


魔法一つでやれることとは違い、この手の事業は金を集め、人を集め、時間をかけ、しかも投資した金をきちんと回収しなければならない。バルゴール伯爵という人物はその手のことが大の得意なのだ。


その光に満ちた(それでも電球を使った街灯よりはだいぶくらい)街道をはずれて、ラウレスは着地した。


「ここからだと、一時間ほどで、旧帝都の正門につけます。ラウレスごと乗り付けるといろいろと刺激もでかいので、歩きましょう。」


うむ、とうなずく間もなくルールス先生は、ネイア先生におんぶしてもらっている。

たしかに数ヶ月に及ぶ幽閉生活のあとだ。足腰も弱っているのだろう。もっとも弱ってなくてもルールス分校長はそうするだろうけど。


「アキルは、歩けます? いろいろあって疲れているとは思うけど。」


「一時間くらい歩けますよ! わたしこう見えて中学のときは陸上やってたんです!」


意味は分からないが、夜道に、全裸の上からコートを一枚はおって、裸足で歩く訓練をするところなのだろうか。


「おぶってやれます? ロウ。」


美貌の真祖は軽々とうなずいて、アキルを背にのせた。そのまま飛ぶことだってわけはないはずだが、てくてくと街道を目指してあるき出す。

わりと付き合いのいいタイプの真祖なのである、彼女は。


エミリアとラウレスもとっとと歩き始める。この数時間、一番働いたのは間違いなくラウレスなのだが、このくらい疲れたうちに入らないのだろう。


さて。


「無自覚浮気女ですが、一緒に歩いてもよろしいですか?」

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