第105話 邪神ヴァルゴールの陰謀

「ラウレス! いったん人化してくれ。みんなが怯えている。」


竜から首をぽんと叩いて、少年が滑り降りた。

わたしはちょっとどきどきした。

齢はわたしと同い年くらいだろうか。

すらりとしたスタイルで、なんだか骨格が中世的。顔立ちは女の子みたいな優しい。

中学の時の体験がトラウマで、もろに男臭いタイプが怖いので、まあ、好みのタイプである。

身につけているのは濃紺のジャケットと同色のパンツ。

どこかの学校の制服に見える。


続いておりてきたのは、同じ制服のスカートバーションの女の子。メガネっこで伸ばした髪を後ろでまとめている。

服の上からでもしなやかな筋肉がわかる。

黒髪ショートボブのお姉さんは、最初のふたりよりもう少し年上。20前後くらいだろうか。こちらは同じ制服の上からコートを羽織っている。目には濃いサングラス。

スカートではなくてスラックスなのだが、足がきれいなこと!

飾り気のない顔は少年じみた印象だが、胸は窮屈そうに見えるほどジャケットの胸元を押し上げている。


彼女が手をかしてやって、竜の首から飛び降りたのは、今度は少し年下。可憐なイメージの女の子。

この子は制服ではなく、白と金を基調にした貫頭衣をベルトでしばり、手には長い棒をもっている。


ふわっと、飛び降りたのは、褐色の肌に翠の瞳が印象的な女の人。このひとは、服、というかなんかボロボロの布を身体に巻き付けているだけで、太ももとかおっぱいとかが見えそうになっている。

その彼女に抱きつくように降りたのは、グレーのスーツの女の人。表情がわからなくなるくらいでっかい、度の強い眼鏡をかけていた。まだ若いけど、このヒトが多分、先生なんだろうと思う。


最期に黒い龍を光がつつみ、竜は人間に姿をかえた。

巻き毛のかわいい、整った顔立ちの青年だ。


どうしてもこうも好みのタイプが続くのだろう。


あ、わたし全裸で縛られているのでしたわ。おほほ。


「救援を呼んだのはあなたですか?」


最初におりてきた少年が、ナイフをかざした男に尋ねた。


「え・・・い。いや。」


「でしょうね。一応きいてみただけです。」


少年は短刀を持つ手の手首をとり、そのまま、男をひねり倒した。短刀が床に転がり、男も倒れる。


「待ってくれ!」

角度的に見えないが、わたしと話してくれた女の人の声だった。

「古竜殿とそのお仲間のみなさん。わたしたちはかの邪神ヴァルゴールと対立するものです。

この女は邪神が、異世界より召喚した存在。すでにヴァルゴールとの『契約』も魂にまで刻み込まれています。

ここで、滅さなければどのような災害を、この世にもたらすのか、想像もつきません。」


「いくつか、訂正する。」

ショートボブの美人さんが、歯を剥き出した。犬歯が異様に発達していてまるで、吸血鬼の牙みたいだった。

あ、ほんとうに吸血鬼なのかな。

「わたしたちはその駄竜の仲間ではない。ただ行き先が魔道列車の通わぬ田舎なので足代わりに使っているだけだ。」


「酷いっ」

と竜が変化した巻毛の少年が嘆いた。

「わたしだってこの度の対抗戦のメンバーにはちがいないでしょ?」


「あと、その子がヴァルゴールに異世界から召喚された存在だってこともわかってる。」


最初に降りてきた少年が言った。


「そうでもなければ、うだうだ会話をせずにまず、まず最初にその子を助けます。

床に固定された状態で召喚されるなんてロクなもんじゃないですから。」


「と、とにかく助けてもらえます?」


わたしの声は、じぶんでも裏返ってるのがわかった。

彼らは、わたしの力の発動でやってきた。だから、彼らがわたしの守護者であることは間違いない。


少年は頷いて、ネイア先生、お願いします、と言った。

あのボロを来た褐色の肌の女性が、かがみ込むと


バギっ


力任せに枷をもぎ取った。

わたしが立ち上がると、ボブの美人さんが自分の着てたコートをわたしにかけてくれた。

緊張が解けたのか、よろめいたわたしを支えてくれる。

ほ、惚れたぜ。


サングラスの中の目が赤く輝いたような気がして、わたしは、この女に全てを捧げたいって、そう思った。

彼女の唇がわたしののどにキスをして、そして。


バゴ


鈍い音は、さっきの少年が美人さんのあたまをどついた音だった。


「ロウ! つまみ食いは禁止!」

「そうです! 真祖さま、拾い食いは卑しい行為です。」


ううう。吸血されるところを助けてくれたのか。

それにしても拾い食い?

別にわたしは道端に落ちてたわけではない。まあ、それに近いことは認めるが。


「ミルブール伯ステイルとそのご家中の方とお見受けする。」

グレーのスーツの女教師が歩み出た。

名を言い当てられて、邪教の裏切り者たちは硬直した。

「お主たちが、ヴァルゴールとどういう関わりがあり、いかにしてその神を裏切って、神が召喚したその神子を。」

「勇者です、勇者。」


わたしは急いで口をはさんだ。


「あの神さまがそう言ってました。この世界を救う勇者として、この地に招くのだと。」


「邪神ヴァイルゴールが、か?」

疑惑の粉まみれの口調で女教師は言う。

小柄だし、たぶん、まだ20代だけど、口の曲がり方はとっても頑固そうだ。


「ああ」

と最初の少年が言ったので、女教師は、なにか心当たりがあるのか、ルト、と尋ねた。


「この前、お目にかかった時、供物として人間の命を捧げさせることが神としてふさわしいか、悩んでいたようなので少しアドバイスをしてみました。

あるいは、善行と言われることを成す方が、より信仰を集めやすいという基本に立ち返ったのかもしれません。」


うそだろ。


と、女教師が言う前にロウが頷いた。


「そう言えばそんなことを言ってたな。で、勇者…」


「夏ノ目秋流、と言います。」


「勇者ナツノメが呼ばれるような危機はこの世界には訪れていないと思うけど。」


姓でよばれるとなんだか、足の裏が痛くなるような気がするので、できれば名前で呼んで欲しい。


「アキル、と呼んでください。ええっと」


「わたしはロウ=リンド。こっちがルト。冒険者パーティ『踊る道化師』のメンバーで訳あってランゴバルドの冒険者学校に通って、冒険者資格を取り直している。こっちのうるさい先生がわたしたちの分校の校長のルールス先生、ボロボロの翠の目は、その護衛のネイア先生。こっちの神官衣のちっこいのが『踊る道化師』見習いのエミリア、背の高いほうが無自覚浮気女のドロシー、巻き毛のちょっと目をうるうるさせているのが、古竜のラウレス。」


「わたしは、ええと、学生です。」

冒険者「学校」があるのならこの言い方で通じるはずだ。

「子犬を助けにとびだして、トラック・・・ええっと大型の乗り物にはねられました。白い世界の中でヴァルゴールと名乗る女の人にあって、ほんとうに召喚したかった子犬をわたしが助けてしまったので、かわりにわたしを呼んだよ言われました。

ぼろぼろになったわたしの身体を治すまでの間、勇者として、この世界の危機を救ってくれと頼まれました。


くわしいことは召喚した場所にいる彼女の信者さんが知っているとのことでしたが・・・・」


わたしは、ミルブール伯爵たちを睨んだ。


「いきなりこの有り様です。」


「ミルブール伯爵閣下」

ルールス先生が「閣下」をつけてもそれは皮肉にしか聞こえなかった。

「ヴァルゴールは具体的に何をさせたいのかはわからないが、とにかくこの世界の秩序と安寧に積極的に害をなすつもりはないようだ。

彼女の保護をお願いできるかね? わたしたちは旅の途中で、道中を急いでいる。」


「そ、それは・・・」


ほんとうはわたしを含めて、守護者たちも一切合切葬りたいのだろうが、どうもこの一行は普通ではないようだった。

ルトくんとロウさんは、ヴァルゴールの知り合いのようだったし、ラウルスくんは竜、そして、ルールス先生というひとは、伯爵を名指しで呼んでいたからきっとえらいひとなのだ。そしてネイア先生はその護衛ということだから、きっとすごく強いのだ、それにドロシーさんは無自覚浮気女だし、うん強いんだろう、いろんな意味で。


「なら決まりです。」

ルトくんは愛想よく言った。

「ランゴバルドの冒険者学校にくるといい。授業料もかからないし、食事も寮もあるから生活の心配もいらないし、この世界のことをいろいろ勉強できる。

卒業したら、冒険者の資格を取れるから、自分で稼げるようになるし。いいですよね、ルールス先生?」


「それしかなかろうな。たとえヴァルゴールといえども神の一柱。

それが召喚した勇者を路頭に迷わせるわけにもいくまい。」

顔にしわをいっぱいつくって、ルールス先生は言った。

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