第103話 救援信号
ラウレスたち竜は、もともと体の周りに力場を発生させてそれにくるまって飛翔する。
ぼくらが収納されたスペースは、彼の身体の下。広さはゆったりと寝転ぶくらいには十分。風もこないし、温度も快適だ。
飲み物や軽食くらいは、ぼくやロウの『収納』でなんとかなる。
ただ、透明な力場なので、まるっきり空に浮いている感じで、身体がふわふわする。
高いところが苦手な人間は、上をむいて、ラウレスのおなかの鱗でも数えながら、我慢するしかない。
竜に飛ばせてもらうのは、ロウ以外ははじめてだったが、ぼくとネイア先生、エミリアはセーフ。ルールス分校長とドロシーはアウトだった。
気を紛らわすためもあって、ぼく以外は、寝転がって、おしゃべりをはじめた。
いわゆるガールズトークというやつだ。
ただ、平均年齢は知らないし考えない。
最初はよかったのだが、ぼくがうとうと眠りかけたあたりから、雰囲気がかわった。
ぼくが完全に眠ったと思ったドロシーが、マシューとのラブラブエピソードを披露しはじめたのだ。
正式に子爵家から勘当となって、家名を名乗れなくなることが決まって複雑な心境のマシューに、ドロシーは、自分の家名を名乗ったら、とすすめたのだ。
マシューは、それは結婚の約束だと捉えて、その場で、彼女を抱きしめて、愛を誓ったのだという。
ドロシーは、明らかに彼女より年上の知人たちにアドバイスをもとめるつもりもあったのだろう。
だが、2名が人ならざる吸血鬼、年下に見えるエミリアもまだ年齢不詳。
一応、「人間」で「年上」であることが明白なひとりは自分の通う学校の、校長だ。相談の相手としては適切なのだろうか。
さらに。話題は結婚前の性的な交渉についてのかなり踏み込んだものになっていった。
ここらまでは、ロウもネイア先生もけっこう面白がっていたのだ。長い年月を人間の社会に混じって暮らす吸血鬼としては、人間の、特に若い女性の性に対する意識や、婚姻という制度自体の変遷にもいろいろと知識があるのだろう。
ただ、ドロシーがマシューと行った行為がどんどん具体的になるに連れて、部屋の空気はどんどん澱んでいった。
そうか、体育館の用具室って、そういう場所になっていたのか。
それ自体もルールス先生とネイア先生には面白くはないのだろうが、おもな原因はロウとネイア先生が、ぼくに気をつかっているのだ。
ぼくは、賢明に熟睡したふりを続けたが、年を経た吸血鬼たちをごまかせるものではない。
とくに事前に手を洗わせたり、爪を切らせたりすることの大切さについて、同意を求めはじめると、空気はとても呼吸できないものになっていった。
この女、いったいなにを考えている!?
“オーナー”
とラウレスが呼びかけてきたのは、その空気を察してくれたのかもしれない。
“寝ているところ悪いが、誰かが助けを求めている。”
「ん?・・・」
熟睡してたけど、いま目が覚めました。の演技はわれながら下手だ。
「どうした? ラウレス。救助信号だって?」
“少し東の山中に、捨てられた神殿がある。そこで誰かが救助を求めている。”
「山賊のたぐいかな。それにしても街道からは、だいぶはずれて飛んでるはずなのに。」
“事情はもう少し複雑かもしれない。”
ラウレスは、少しためらったが、
“同じ場所から召喚魔法の発動を感知している。これは、異世界から何者がが召喚されたことを意味する。”
「うん、カッコいいぞ、ラウレス。」
ぼくは褒めてやった。
「まるで、古竜みたいだ。」
“行ってみるか? オーナー。”
古竜が古竜って言われてげんきになるな。
「時間は十分ある。行ってみよう。」
なにごとか、とぼく見るメンバーに説明する。
「ラウレスが、異世界召喚を感知したそうだ。召喚された『それ』は救助を求めている。
大した道のりではないし、助けに向かおう。」
「ラウレス!念話を全員に。」
“わかりました、オーナー。”
「ち、ちょっとオーナーって!?」
「それは、なんだかメイリュウさんとリンクスくんがそう呼ぶのでなんとなく。」
「ギルマスとサブマスターがそう呼んでるんならその通りなんだろう。」
ルールス先生がサングラスの奥から睨んだ。
「あとで事情をきかせてもらおう。だが、寄り道は賛成だ。」
ラウレスは一声叫びをあげて、進路をかえた。
ロウが身体を寄せてくる。肌を触れ合わせる念話は第三者には聞こえない。
“あれはなに? あのドロシーってっ! おかしいの?”
“自分の弟子をそこまで言わなくても”
“あれは、ルトが好きなんじゃなかったの?
だから一生懸命仕込んだのに!”
“ドロシーはカッコよくなりすぎた。ロウたちの訓練のおかげだ。”
どう説明したものか。
ぼく自身も彼女をどうするかは実際のところ、決めかねているのだ。
リウが言うような「副官」兼「愛人(しかも亭主持ち)」はダメにせよ、身近には置きたい。
置いたら置いたで、ぼくはマシューに嫉妬しながら過ごすのだろうか。
“彼女は今、モテてるんだぞ。二人の男から同時に愛されてる。
一人は自分の元主人で、彼女がいくら尽くしても見向きもしなかった。それから愛を告白されて、いずれは結婚しようなんて話も出ている。”
“もう一人は、北の国からやってきた謎の美少年って? 本物の冒険者で仲間共々とんでもない実力を秘めてて、自分の才能を高く評価してくれてる。”
ロウは、ぼくの肩にもたれ掛かるようにして、ぼくの顔を見上げた。
“それは、でもどっちかに決めないとねえ。もしくは少し隠すとか。”
ロウはくすくすと笑った。
気がつくと、ドロシーが何とも言えない表情でぼくらを見ている。
ぼくは気がついた。ぼくとロウが体をくっつけながら、何やら話し込んでいる。それだけで十分まずいのだ。念話か会話かなんて意味がない。
“ラウレス。急いでくれ。何だかいろいろめんどくさそうな気がする。”
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