第102話 ここに来ての異世界転生!?夏ノ目秋流の災難
わたしが、その子犬を助けようとして、飛び出したのにはちゃんと理由がある。
わたしは、
持って生まれた
初めて気がついたのは、もう記憶もおぼろげな三歳くらいのころだったか。
当時、わたしはボロボロの犬のぬいぐるみをとても大事にしていた。
それが世界的に有名なビーグル犬のものだったと知るのは、その何年か後だったのだが、とにかく、わたしはうっかりとそのぬいぐるみを橋のうえから、川に落としてしまったのだ。
わたしは声を限りに叫んだ。
そうすると、いつの間にかぬいぐるみはわたしの手の中に戻っていたのだ。
ずぶ濡れになった作業服の男を、わたしが召還してしまったのだ。
男はわたしの頭を撫でさせてあげることで満足してもとの世界に帰って行った。
中学生のころ、塾の帰り道に、こわい人達に絡まれた時もそうだった。
暗がりに連れ込まれて、手足を押さえつけられ(それがなにを意味するのかはちゃんと分かっていた)男の顔がわたしの顔に重なりそうになったとき。
わたしの力が発動した。
数分、いや数十秒程度だったか。
記憶のブランクがある。
周りには血まみれになった男たちが倒れていた。
わたしが召還してしまった男は、ガッチリとした肩幅をしていた。
ちょうど、街灯が反対方向から、照らしているので顔は見えない。
「大丈夫か、お嬢ちゃん。」
衣服は乱れていたが、下着ははいていたので、一応セーフなのだろう。
わたしが頷くと、男は安全なところまで送っていく、と言った。
いや、戦いのために召喚したあなたにそこまでは頼めない、というと、男はそうか、とだけ言ってもとの世界に帰って行った。
そう、わたしは自分がピンチのときに、自分を助ける
だから、今回も。
トラックが目の前に迫る。
守護者は・・・・間に合わない。
衝撃は、わたしが痛みを感じる間も無く意識を刈り取ってくれたようだった。
わたしが意識を取り戻したのは、白い優しい光に包まれた世界。
ああ、ここはあっち側なんだな。
と、無意識に思う。
「目が覚めたか。」
白い女の人がわたしに話しかけた。
「ここは? あなたは?」
「ここはいわゆる死後の世界だと思えばいい。肉体を失った魂は洗浄されて次の生へと送り出されるのだが、わたしが止めた。
ゆえに、おまえは、まだ完全には死んではいない。
その器たる肉体は」
女の人は顔を顰めた。
「・・・元器だった礫死体の状態について、くわしく聞きたいか?」
「・・・・いや、いい、です。」
とにかく、わたしは死んだのだ。白い女の人は死んでない、というが、肉体を魂が離れてしまうことと、死んだこととどのくらい差があるのかわたしにはわからない。
「もうひとつの質問だが、わたしは『神』だ。」
そのコントはネット動画で随分みた。好きだったなあ。もう見れないのか。悲しい。
「いや、悲しむところがそこっ!?」
さすがに神だけあって、わたしの心が読めるらしい。
「で、その神さまが何のようですか? まさか異世界転生?」
「そんな、ラノベとかマンガのようなことが実際にあると思うか?」
「さて、お題です。異世界転生に呼ばれたら、神さまがなんかもったいつけてる、なぜ?」
白い女の人は、どこからか取り出したボードにサラサラと何やら書き込みしてから、手を挙げた。
なかなかノリは良い。
「はい、そこの?誰やったっけ?」
「ヴァルゴールですって、もう覚えてくださいよ、姉さん!」
そう言いながら、フリップを出す。
「本当は子犬の方を異世界転生させるはずだった。
だから・・・本当は・・・トラックにはねられた子犬が異世界に転生するはずだったのに、変な奴が助けて代わりに死んじゃったから、しかたなく呼んでみた、みたいな?」
ショックだ。
あれは助けてはいけないタイプのもふもふだったのか。
「豆柴のぼくが転生したら、勇者になりました! 魔法使いに剣聖、聖女、まわりは美少女ぞろいですけど、メス犬の方が好きです!」
「書けよ、ほんとに書けよ。」
わたしは、白い女の人の首をぎりぎりと締め上げた。
「待て待て待て。」
ヴァルゴールと名乗った女の人(神)は慌てて、わたしを制した。
「とにかく、間違って死んでしまったからには、異世界転生くらいはさせようじゃないか。
これでも邪神として少しは名の知れた存在だから、それくらいの力はある。」
「自分で邪神って言った!」
「周りがそう呼んでるんだよっ!」
なおさら悪い。
「礫死体の方だが、」
「わたしの体を礫死体っていうなっ!」
「一応、別空間に収納した。時間をかければ直せると思う。」
「そこは『治せる』って言ってほしいなっ!」
「その間、異世界ライフを楽しんでくれないか? 剣と魔法の、ちょい中世ヨーロッパ風味の世界だ。
だが、魔法が一般に使えるので、生活水準は、そう変わらないと思う。風呂も入れるし、トレイも水洗が使える。
姉さんを送り込む予定の地域では、まだ電灯が普及してはいないが、魔法の灯りや、ランプはあるぞ。
キャンプにでも行ったつもりで大らかに過ごしてもらえれば、十分快適だと思う。」
邪神に姉さん呼ばわりされたっ!
「肉体が修復できたら、事故が起きた直後の時間に戻すから、周りから見たら、トラックに吹き飛ばされたけど奇跡的に怪我がなくて済んでよかったね、で終わるはずだ。
体感では二年か三年くらいになると思う。
その間の記憶を残すかどうかは、改めてその時に相談しようじゃないか?」
悪い条件ではなさそうだった。
「でも安全なの? その世界は? そっちの世界で不慮の事故で死んじゃったら、今度こそ本当に死んでしまわない?」
「不慮の事故の可能性はゼロではない。」
邪神ヴァルゴールは、素直に認めた。
「だが、自分から、犬を助けに車道に飛び出したりしなければ、確率は限りなく低いぞ。
なにしろ、医療系特に怪我に対しては、おまえのいた世界をはるかに凌いでいる。四肢の欠損程度は、平気で復元できる。」
なるほど。
邪神という割には、説明はフェアだし、一応は納得できた。
でもこいつは大事なことを言っていない。
「わたしはその世界で何をすればいいの? 身分は? そもそもどうやって食べていけばいいの?」
「形の上では、わたしの使徒たちがおまえを召喚したことになる。
おまえの衣食住はそのものたちが見ることになるだろう。」
「私の使徒って、邪神の?」
「それも大丈夫だ。わたしの使徒であることはみんな隠している。」
そういうタイプの神さまかあ、おまえ。
「そしてやって欲しいことなのだが。」
来たっ!
邪神が邪神たる所以。
「勇者として世界を救ってほしいのだ。」
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