第101話 王都に陰謀渦巻く

その日、自らの屋敷の裏にある、冒険者ギルド「不死鳥の冠」に入ったクローディア公は「?」という顔をして見せた。

サブマスターを務める美女、ミュラは軽いため息で答えて、奥を指差した。


エルマート新王の政権もほぼほぼ、メンバーが固まりつつある。

そうなると、クローディア「公」国の出番は少なくなるわけで、一時は政治・外交の中心がほぼここで運営されていたギルド「不死鳥の冠」も元の姿を取り戻しつつあった。


もともとここは、少数精鋭をもってするギルドであり、所属パーティは多くはない。

依頼の難度も値段もそれなりであって、よく冒険者ギルドに見られる「依頼内容を張り出した紙」の中から気に入ったものを冒険者が引きぬいて受付カウンターにもっていく、という光景はここでは全く見られない。


クローディアは、テーブルに突っ伏して寝息を立てている我が娘、クローディア公国姫フィオリナの前の席に腰を下ろした。


厚切りのハムを香草を挟んだサンドウィッチと白酒を果実のジュースで割ったものが、目の前に置かれる。

食べ物の気配に、フィオリナが薄目を開けた。


「やあ、おはよう、父上。」


「昨夜は、どこに泊まった?」


「クロノたちと飲んでいた。結局明け方まで。」


「公国の姫君にはふさわしくない所業かもしれんぞ、フィオリナ。」


「#母上__アウデリア__#も一緒だったから、親同伴。」


クローディアはミュラを見遣った。

ミュラはお手上げ、というポーズで応える。


「メンバーは誰だ?」


「後はヨウィス、リヨン、ジウル、ラスティ。」


「ラスティは知らんな。それも今回の対抗戦のメンバーか?」


「リアモンドの配下の氷雪竜。見た目は子供なので、ノンアルコールで。」


「古竜か・・・そんなものを街に連れ出して大丈夫なのか?」


「・・・・」

のろのろとフィオリナの手がグラスに伸びたが、それを遮って、クローディアは、ジュースを注文した。


「迎え酒は後に残るぞ。経験者が言うのだから。間違いない。」

「まあ。」


諦めたようにフィオリナはため息をついて。


「大丈夫でしょう、父上。このメンバーなら。


あと、ザザリもいたし。」


「メア王太后陛下がか!」


「あの人は、滅多に表に出ない人だったし、絵姿もほとんどないし。

王都の民でも顔バレないって。まして、ザザリなら、印象操作いや精神動作もお手のもの。」


クローディアは唸って、たくましい腕を組んだ。


「本当にやるのか? その・・・対抗戦を。」


「別にランゴバルド冒険者学校を名指ししたわけじゃあない。」


フィオリナは拗ねているように言った。


「ウィルニアが名前を売ろうとして、片っ端から有名どころの学校に対抗戦を申し入れしたら全部相手にされないなか、なぜかランゴバルド冒険者学校が手を挙げただけのことです。」


それはそうだ。歴史上の偉人の名を騙る学院長のいる学校などとは、あまりみな関わり合いを持ちたくはないだろう。


「しかし、ハルト殿下たちは向こうの代表として出てくるのか? あそこには『学年』なんてものはないが、それにしてもまだ、彼らは新入生だろう?」


「ルトたち以外では、勝負になりません。」


「そもそもどうやって勝負をするつもりだ?

まさか、本気で殺し合いをする気ではないだろう?」


もしそんなことをされたら、王都が更地になりかねない。


「そこはウィルニアが考えていると思う。」


フィオリナは、サンドイッチにかぶりついた。

もともと、アルコールなどその気になれば体が分解してしまう。「酔おう」と思わなければ「酔っ払う」訳はない。

ただ、素面で母親であるアウデリアとの同席は気まずかったのだろう。

それなりに「酔い」を求めはしたようだった。


家庭教師に王立学院。マナー講師どもはいったいなにをやっていたのだろう。

サンドウィッチを豪快に一口で頬張り、果汁で流し込む愛娘を、クローディアは、気遣うように見つめた。


「なにか、考えているな。」


自らも分厚いハムの感触を楽しみながら、クローディアは言った。


「ちょっとね!

お父様の助けもいるかもしれない。」


いやな予感に、顔を歪めて、なんだ?と尋ねた。


「ルトと、結婚式をあげてしまおうと思ってる。」


おかしな話ではなかった。

二人は婚約者として、ともに王立学院で学び、優秀な成績で卒業した。


高位貴族ならば、そこから数年、互いの家の仕来たりや慣習について学びつつ、問題がなければ2~3年で結婚する。

庶民ならば、経済的な基盤が問題ないかの確認の期間となるのだろう。


そういった意味では、たしかにハルト王子とフィオリナは、正式に式をあげて夫婦になるには、早いのだが、卒業間際にバタバタと婚約をかわしたわけでもない。

十分長い間、婚約者として、あるいは冒険におけるパートナーとして、あるいは互いに剣や魔法の師匠と弟子として。


ともに歩んでいる。


ハルト王子のことは、クローディア領のものもよく知っているし、いまさらハルトがグランダの王子でなくなったからといってクローディア「公国」がこの結婚を反対するはずもない。


それでもクローディアが違和感を感じたのは、フィオリナに「焦り」のようなものが感じられたからだ。


今にして思えば、ハルト王子が認識阻害魔法を駆使して、彼らの前から姿を消したのはほんのわずかな期間だった。


だが、そのわずかな時間が、フィオリナにはとんでもなく長い別離のように感じられたのだ。

認識阻害の魔法にかかって、ハルトがイコール、ルトだったことを見抜けなかったのも、澱のように彼女のこころを澱ませている。


そして・・・・

今回も、ハルトとともにランゴバルドへ向かうはずが、王国全体の冒険者ギルドの「グランドマスター」の座をめぐるゴタゴタのせいで、ひとりグランダに残され、その問題はいっこうに決着が見えない。


「殿下が浮気でもすると心配なのか?」

と、クローディアは冗談めかして言ったが、言ってからしまったと思った。


実際に、ハルトはひとりの駆け出し冒険者ルトとして、ギルドで知り合ったリアという少女といい仲になっていた。

そして、リアは、いま現在、新王エルマート陛下から、寵姫の座を示されても、あっさりと王立学院に復学してしまい、そのアプローチを袖にし続けている。

つまり、まだルトことハルト王子に想いを残しているのだろう。


「ルトは・・・あれは、けっこう、モテる。」

暗い表情でフィオリナは言った。

「ちょっかいをかけてくる女を、合法的にぶった斬るには、きちんと結婚をしておいたほうがいい。」

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