第98話 グランダの魔人たち

さて。


はるか大北方。

グランダの魔道院である。


新たに学院長となった大賢者ウィルニアどのは、この日、来季の予算を盛大に(主に王室歳費を削る形で)ぶんどることに成功し、意気揚々と、お気に入りの秘書と昼食を楽しんでいた。


「来客?」


断れ、まで言わなかった。

そんなことは大賢者ウィルニアの部下なら当然、察するべきである。


「それが」


ウィルニアが就任した当初はなにかと落ち着きのなかった男だったが、迷宮内で少しばかり修行させたところ、見違えるようにたくましくなった。

やはり、人間努力が大事である。


もちろん、修行させられた方は、殺されかけたと思ってたし、2度とこの新学院長殿に生意気な口を聞くまいと誓っただけである。

多少、魔術の腕も上がったがそれは副産物。


「王室の方なのです。」


さあて、どこまでがグランダの「王室」なのか、ウィルニアは知らない。

エルマートが王さまなのは知っているが、正妃はまだ決まっていない。

それどころか寵姫候補にも逃げ回られているはずだ。

あと、その親類筋は・・・・・


知識欲の固まりのように思われているウィルニアだったが、興味ないことにはとことん興味がないのだ。


「王室・・・の誰?」


一応は聞いてやるポーズをとった。


「前王妃のメア太后さまです。もう一人、冒険者のアウデリアさまと一緒です。」


「もう二人分くらいの食事はすぐ作れる。」


有能な秘書が言った。


「ザザリとアウデリアさまなら、多分用事はあのことだと思う。無下にしない方がいい。」


そういえば、ザザリの転生、今世での名前は前王妃のメアだったか。


わかった。

とウィルニアは言った。なんだかんだとこの秘書には甘々なのである。

「通せ。昼食代は・・・・」


「学院長。こういうときは食事代は取らない。」



メアは湖畔に離宮に住まいを移してからは、もっぱら、菜園を作ってみたり、旦那(すなわち前王)の釣りに付き合ったりで、手足はこんがりと健康そうに日焼けしていた。


この年で、日焼けなんて、参っちゃうわあ。シミになったらどうするの?


魔法で治せ。

身もふたもないことを言いながら、二人を迎えたウィルニアは、秘書がいそいそと、もう二人分のサラダにスープを用意するのを好ましげに見守った。


「まあ、美味しい!」


メアは、純朴そうな顔に驚きを浮かべて、サラダを味わった。


「ドレッシングに味わったことのない香辛料が使われてるわ。」


「そんなに珍しい香草ではない。レシピなら後で提供してもいい。」

秘書が淡々と言った。

一応、前王妃なのだから、かなり目上のはずではあるが、何しろ、命がけで戦ったのがつい先日のことである。


なんとなく「休戦中の敵の大将」という感じが抜けないのだ。


「ヨウィスの料理はうまいぞ。」


アウデリアが言った。

もうサラダの皿は空である。いつ喰った、というか丸呑みしたのかこいつは。


「お代わりも、ある。」


喜んで食べてくれるのは、嬉しいのか、相変わらずの仏頂面のまま、空中からボウルを取り出し、そこからサラダを盛り付ける。


「食べながら話そう。用事というのは、例の留学希望者のことかな?」


「まあ、それも関係あるけどね。前任のご老人から聞いたとは思うけど、ランゴバルドから素行不良以外の理由で留学生が来るなんて、15年ぶりくらいかしら。

しかも、今回はラー=カイユ老師の私塾に内定が決まってた有力貴族のお姫様よ。


さすがは、ウィルニア学院長の名声は未だ健在、というところかしらね。」


名声、という言葉を使うのははたして、適切なのか。

ウィルニアは実質、おとぎ話の登場人物なのだ。


解釈によってその描かれ方は各種あり。


「ここは俺に任せて行け!」

と迫り来る魔王軍を引き留めて、そこに結界をはり、魔王を封じ込めた、というもの。


「人間などはくだらぬ。我はここで魔王と共に暮らす。」

と言って、迷宮を構築し、人間の反抗を食い止めてしまったというもの。


そこには、魔王受け、賢者攻めから、果てはさまざまな要素が絡み合い、そして一千年時が流れた後には、もう誰でもどうでも良くなってしまっている。


著作権もプライバシーもないフリーのコンテンツである。

初代勇者の方はそれでも、聖光教会というブランドがしっかりとそのイメージを守り続けたのであるが・・・・


「学院長としては、伝説の賢者にプラスして、お二人に特別講師として就任いただきたいのだけど?

しばらくの間でも構わないので。」


「その話。

お受けしようかと思って!」


スープのおかわりをもらいながら、メアが言った。

アウデリアは頷いただけだったが、これは、またサラダを一口で頬張っているからだ。


「素晴らしいっ!

これで、魔道院は、人類文明圏で最高の学校になるよ!


しかし、急に風向きを変えたのは?」



もしこの場にルトがいたとしたら、「やり過ぎ」だと忠告しただろう。


伝説の大賢者ウィルニアが学院長で、闇森の魔女ザザリと斧神の化身アウデリアが講師!


一体何を教えてくれるのか? 英雄譚かサーガの書き方か?


「決まってる。例のランゴバルド冒険者学校との対抗戦の話だ。

生徒だけでなく教職員も参加できるのだったな。」


「ああ。」


これはウィルニアの発案だった。

新学院長がいささか胡散臭げな人物(そう思われるであろうことは本人も理解していた)だったので、宣伝の意味も兼ねて、各国の魔道を専門とする学校宛に対抗戦の申し入れを行ったのだ。

返事があったのは、ランゴバルドの冒険者学校のみ。


魔道の研究については、この学校は悪くない。


とウィルニアは思う。


しかし、交通の便が悪すぎる。

聞けば、西域、中原の国々は魔道列車でつながり、あの広い地域を数日で旅できるという。


ここは最寄りの「駅」から約10日である。

一応馬車が走れるような街道の整備はあるのだが、その距離を考えただけでも「留学」には二の足を踏むだろう。


今回、無理やり進学先を変えた某貴族令嬢が、ウィルニア総受け推しの理解されることが少ない趣味の持ち主だったことは、のちに明らかになる。


さて、そのことが影響したのか、ランゴバルドの冒険者学校だけは対抗戦にOKを出してきた。


他は返事もろくに寄越さない。


「いま、ルトたちはランゴバルド冒険者学校にいるんだろ?」


アウデリアが言った。


「まさか、ルトたちと戦いたいと?」


「うむ、婿殿もいいが、わたしのお目当てはリアモンド殿だな。神竜と戦えるチャンスが巡ってくるとは。」

うっとりとアウデリアは天井を見上げた。舌なめずりしている。はっきり言って怖い。


「わたしも良く考えたら、生前あの子と本気で戦ったことが一度もありませんでした。」

メア、いや魔女ザザリも真面目な顔して怖いことを言う。

「やっぱり母親というものは乗り越えなければならない壁として、一度は我が子の前に立ちはだかるべきだと思うのです。」


「いや、」

おかしいぞ、その考えは。


賢者ウィルニアに変人扱いされるのは、ある意味名誉だろう。


ウィルニアは、傍らのヨウィスを見やった。


事務も出来るし、ときにこうして料理もつくってくれる。よく出来た秘書だとウィルニアは思っているのだが、周りの評価は違うらしい。

グレーのマントにフードを深く下ろしたその姿が秘書らしくない、というのがその理由であるが、大きなお世話である。


「ヨウィス、おまえはどう思う?」


「参加してもらうべき!

かわりにあの、ふざけた美少女仮面ブラッディローズを下ろすべき!」


それは考えないでもない。

彼自身もフィオリナがなんで『美少女仮面ブラッディローズ』として対抗戦にでないと行けないのかがまるでわからない。


「残念だけど、これでメンバーはちょうど7人なんだ。

彼女をおろすと人数がたりない。」


「学院長が、自分で出ればいい。」


教職員参加の対抗戦も珍しいのに、学院長も?

それはありなのだろうか。


「まあ、むこうも学院長が出るならそうするよ。」


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