第97話 黒竜のスカウト

もはやギルドなのか、レストランの中にたまたまギルドが併設されているのかよく分からない「神竜の息吹」。

その「神竜の息吹」のギルマスと言っていいのか、女将なのか自分でも不明のメイリュウは、格好だけは変わらない。


あの、下手なイラストの入ったリアモンドジャケットは脱いでいるものの、スタイルのよさを見せつけるかのような、胸の一部を、隠しただけの簡素極まりない鎧すがたで、酔ったお客からはかなりの人気だと聞いた。


相変わらず、締まるところはビシッとしているので、剣や体術の稽古はかかしていないのだろう。


「ラウレスはちょっとその、」

メイリュウは、店の奥を指さした。

見慣れないカウンター席がふえて、そこはお客提供の目の前で、調理するところがみえて、出来たてをお客に提供できる。

そんなコーナーに見えた。


「あそこで、ラウレスがお肉をやいて、お客さまに出すんだけど、そのパフォーマンスがすごく好評なの!」


なるほど。


それはいいがアソコってもともとギルドの受け付けカウンターだったところだよねえ。


と、とても指摘はできない。

メイリュウが完全に女将の顔になってるから。


「具体的には何日から何日までのスケジュールになるんだ?」


リンスクくんが聞いてきた。

たしか、聖光教会の破壊工作員にして『雷光』のリンクスと呼ばれた魔導士のはずだが、すっかりレストランの支配人の顔になっていた。


「グランダに遠征なんだ。」


と、ぼくは事情をかいつまんで話した。

母校の名誉がかかっている。

と、なると10年以上通った冒険者学校に愛着もあるのか、女将はしぶしぶ承知してくれた。

だが、支配人は食い下がる。


「もう予約のはいってる日もあるんだ。その日だけはなんとかなりませんか?」


「なんとか、と言うと?」


「例えば、古竜にのせてもらって、とんぼ返りするとかですよ。

オーナーとそのお仲間ならなんとかなるでしょう?」


え?

オーナー?

ぼくここのオーナーなのか?


確かに魔道列車が通ってないから、10日旅になるので、別に竜の背にのって、ひゅんと飛べばほんの数時間。

日帰りも可能な距離でしかない。


そして、竜に乗るまでもなく



「おーい、ラウレス!

お仕事だよっ!」


見事な包丁さばきで肉の仕込みをしていたラウレスは、いやな顔をして、包丁を置いた。

あ、こいつ竜爪も併用してる。


「はいはい、今度はなにを、盗みましょう、オーナー。」

「なんでオーナーなの?」

「女将と支配人がそう言ってるからですが。」

「やめてくれないかな。

それと、『今度はなにを盗みましょう』じゃないと思うけど。


前回なにも盗めてないし。」


ショックを受けたような顔で立ち尽くす、この、ぼくといくつも違わないが外見のこの男は、ラウレスという。

今は人化して、料理人をやってはいるが、もともとは古竜だ。


さすがに、古竜は、あまり人間に混じって料理の仕事はしていないので、「竜人」ということになっている。


戦闘力、体力、魔力、人間をはるかに凌ぐ竜人もあまり、料理人はしないのだが、そこはそれ。


「冒険者ギルド」だと思って登録したら、ギルドは開店休業中で、しかたなく、レストランを手伝っている。


そんな、設定で働いているのだが、けっこう天職だったらしく、とくに焼き物は、そっち系の魔法の腕もあって、若くして(若くはないのだが)名料理人の評判も高い、と聞いた。

現在の客の半分は、メイリュウのおっぱい目当てなのだが、のこりはラウレスの焼き物である。


リンクス「支配人」にとっては、ここが悩ましいらしく、半裸の女の子を増やして紳士諸君を接客させると客単価はあがるのだが、「神竜の息吹」はいままでの悪行が祟って、まず女性が集まらないだろう。


そもそも、メイリュウからして、美人は美人ではあるのだが、はたして「接客」トークができるのか?


「冒険者コスプレバー」というコンセプトがうまれたのがこの時期だったとリンクスは後日、語っている。




「今度はシビアなバトルになる。

グランダ魔道院との対抗戦だよ。」


駄竜はガッツポーズをとった。


「任してくれ!

決してやりすぎる、ことないように丁寧に相手を圧倒してみせる。」


そうか。


ぼくは生暖かく笑った。


「相手のメンバーは、魔道院支配ボルテック卿、燭乱天使のリヨン、勇者パーティ『愚者の盾』隠者ヨウィス、迷宮育ちの古竜『氷結竜』ラスティ、ほか。」


「ああっ!予約さえはいってなければ、わたしも参加できたのに!」


「大丈夫。」

ぼくは優しくラウレスの肩を叩いた。

「その日だけ、飛んで戻ればいい。」

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