第5部 グランダ魔道院対抗戦
第93話 北の魔道院の異変
「よく来られた。ルールス先生。」
ジャンガ=グローブ現学長は、満面の笑みを浮かべて、ルールスにソファを進めた。
現在のジャンガ=グローブ派の面々=現職の冒険者学校の幹部立ちもずらりと、同席していた。
いずれも。
“小悪党だな。”
と、厚いメガネの奥で真実の目がつまらなそうに、光った。
「ここには見るべきものはなにもない!」
外の世界に出よう!ルールス!
世界はまだきみのために、驚きと歓びを隠しているに決まってる。
黙れ!「真実の目」。
通常は、魔道具として従順な彼女の「目」は半幽閉生活に飽きたのか、ときどきそんな文句を言うようになった。
「お元気そうで何よりです。」
高級なカップに注がれた茶は、よい香りを放っていたが、ルールスは口をつける気にはならない。
いったん、暗殺は棚上げされたようだったが、カップ一杯の液体で彼女を亡き者に出来るならば、試みてみようと。
そう思いつく小物が、こいつらの一人にいないという保証はどこにも。
ない。
無論。
その代償は、現在の学校幹部職員への鏖殺と学校の崩壊だ。
いまも彼女の後方に控える翠の瞳の吸血鬼ならば、そうする。
銀級冒険者の教職員は何人もいるが、止まらないだろう。
いや、止めるとすれば、いま冒険者学校になくなってしまわれると。困る者。
例えば、グランダからの冒険者たちのパーティだ。、
あそこには、真祖の吸血鬼がいる。そして、ネイアの吸血による従属を歯牙にも掛けなかった謎めいた少年ルト、も。
「そちらは上手くいってないようだな。」
図星だったようで、ジャンガ=グローブの顔が歪む。
学長になってからは、髭を伸ばして、なんとか威厳のある雰囲気を作ろうと努力しているが、全くうまく行っていない。
いまは、口髭を蓄えているが、食事のときのパンのカスがついたままだ。
「なんの話、かな?」
「トウドリット伯のご令嬢マリンさま。」
「か、彼女はほかにご留学先ができただけだ!
別に冒険者学校に問題があったわけではないっ」
「そうだな。魔法だけを目指すならば、一般庶民にも広く門度を開いている冒険者学校よりも、国立の魔導研究所附属校や高名な魔導師の私塾をえらぶものもいるなあ。」
ルールスは笑った。
若い娘の姿をした彼女にこんな笑い方をされて、冷静だった男はまずいない。
果たして、取り巻きの何人か。
それなりに腕に覚えのあるのだろう何人かが得物に手をかけ「かけて」思いとどまった。
ネイアは、全く動いていない。
ただ、動こうとする兆しを見せただけ。
半歩、前に踏み出そうとする筋肉の動き、それだけで、銀級、鉄級の冒険者上がりの学校幹部たちは動きを止めた。
「いや確かに、今回は異例中の異例であることは、間違いない。」
ジャンガはなんとか笑みのようなものを浮かべてその場を取り繕うとした。
「かのグランダは、魔道の研究については、中央に肩を並べる存在ではある。
そう評判はあった。何か問題をしでかした貴族の子弟が、懲罰を兼ねて、彼の地に強制的に留学させられた例は、毎年のように聞く。」
「だが、今回は違うなあ、ジャンガ。」
ルールスはなおもせせら笑った。
「冒険者学校への特待生の招待を断り、ランゴバルドでも五指に入るグリオーブル魔道塾に、入学が決まりかけていたマリンさまは、伯爵閣下の勘当するという声まで押し切って、グランダに向かった。
例の『ハナシ』が本当なら、これからも同じケースは絶えないだろう。
もちろん、在学中の生徒の中にも、ちらほらグランダを目指すものが増えるかもしれん。」
「ルールス先生。」
ジャンガはなおも、余裕を見せようとした。
「まさか、あなたまで、例の噂話を魔に受けているのですか?
古の・・・・・初代勇者パーティの『大賢者』ウィルニアが、グランダ魔道院の学院長の座についたなどという。」
そう。
それは最初に噂話として、ランゴバルドに入ってきた。
百余年。
魔道院の支配者として君臨してきた、伝説の魔導師ボルテック卿が突如その職を退いた。
後任として、彼が連れてきたのが・・・・
千年前の魔族戦争のおり、初代勇者パーティの一員として活躍したウィルニアだった。
ランゴバルドの冒険者たちは、グランダの「魔王宮」で攻略の中核メンバーとして多くのものが活躍している。
魔道列車に徒歩の旅。
約10日を要するグランダの、その噂は、最初は笑い話として伝わってきたのだ。
ボルテックは、少なくとも西域にも名の知れた、大魔導師である。
それが、急に引退するとなると・・・・
体内に大きな魔力を宿すものは、人間の寿命を超えた長寿を授かることが多い。
ボルテックもその例に漏れず、ほとんど世代を超えて、グランダの魔道世界を仕切っていたのだが・・・・
「・・・ついに引退することになったってよ。」
「へえ、あとは誰がつぐんだい? グランダにあの妖怪ジジイの跡を取れる魔導師がいるのか?」
「いるんだよ。
忘れてないか? 魔王宮の階層主には、かの大賢者ウィルニアさまがいるんだよっ!」
「ギャハハハハハっ こいつは面白え。おい店主! このグランダ帰りに俺から一杯奢らせてくれ。」
それが、ジョークでないことはじわじわと染み
っていった。
少なくともグランダ魔道院の学院長として「ウィルニア」という人物が就任したこと。
その姿が、「絵姿」として残されている「大賢者ウィルニア」に瓜二つなこと。
ボルテックに、少なくとも匹敵するほどの魔道の達人であること。
なんの証拠もない。
ないし、証明するのは不可能に近いだろう。
当時から生きていたものだと人間では、まずいない。
例えば・・・なら真祖クラスの吸血鬼や意志の疎通ができる竜族ならばどうだろう。
これはこれで個体数は著しく少ない。
ギウリーク聖帝国は、何匹かの古竜を常時、コンタクトの取れる相手として確保していたが、その中にもウィルニアにあったことのあるものはいなかった。
そのうちにグランダに滞在中の勇者クロノから、聖光教会あての定時報告者が届いた。
主な内容は「魔王宮」についてである。
魔道院のことは、しれっと一文だけ書いてあった。
「賢者ウィルニアが魔道院学院長に就任した。懐かしく酒を酌み交わしている。」
聖光教会の「聖女」やギウリークの「皇室」はぶったまげた。
当代の勇者は、初代勇者の記憶をもつ本当の「生まれ変わり」であった。その彼が認めたならば・・・それは本当の賢者ウィルニア、に間違いない。
情報を隠そうにも、クロノからの書簡はともかく、ランゴバルドの酔っぱらいの口は止めようもなく。
かくして、伝説の賢者がグランダの魔道院の学院長となったことは、多少真偽に疑問は残れども、少なくとも前途有望な学生が、その進学先としてグランダ魔道院を目指す程度には、信憑性のある話として、しれわたった、のである。
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