第94話 吸血鬼の招待

「いずれにしても真偽のほどを確認しないまま、ずるずるとグランダ魔道院に生徒を取られるのは、得策ではない。」


ジャンガは、咳払いをした。


「その方がよいだろうな。


ただし」


ルールスは立ち上がった。


「実際にのところ、人を派遣したところで、なにもわからんと思うがな。

その新しい学院長とやらが、ウィルニアその人でないことを証明するのは、ウィルニアの墓でも見つけて暴くしかないが、それは歴史学の範疇だ。

一方で本物であることの証明も、難しいが、いまのところ、勇者のお墨付きがある以上は、ほぼほぼ、本物と判断せざるを得ない。


いずれにせよ。」


わたしには関係のない話だがな。


そう言って、学長室を去ろうとする、その背中にジャンガが呼びかけた。


「一つ、策がないではないのです。」


足を止めないルールスにさらにつづけた。


「魔道院からの“対抗戦”を受諾しました。


教員を含む複数での団体戦です。


これなら相手の実力も測れる。滞在日数も稼げるので、いろいろと交流しつつ情報集めには最適でしょう。」


「思い切ったな。」


ルールスは、呆れたように言った。


「リスクは考慮しないのか?


負けたら、明らかに魔道についてはグランダ魔道院がランゴバルド冒険者学校を上回ると。


そういう結果が出てしまう。


対抗戦などという形をととったら、誤魔化すこともできんぞ?」


「ランゴバルド冒険者学校については、そうでしょう。」


ジャンガは、嫌な笑いを浮かべた。

学長戦の朝にみたことのある笑いだった。


「しかし、ルールス分校についてはそうでもない。

勝てば本校である冒険者学校の誉れであり、負けても所詮は分校の跳ね返りが勝手に自滅してした、と。


それだけのことです。」


ルールスは、ジャンガを睨んだ。


「もちろん、グランダ魔道院からは歓迎の返事は来ております。


おっと、あれこれ考えているお暇はありませんぞ。


明日の列車に乗らないと、対抗戦の期日までに到着できませんからな。」


「クソどもが!」


ルールスはつぶやいた。それ以上の言葉を吐けば、ネイアは攻撃にうつる。

ルールスにとって、自分の命、まして地位や名誉がなくなることは、できれば避けたい自体ではあったが、それは「最悪」ではない。

「最悪」は冒険者学校がなくなってしまうことだった。


「もちろん、言うまでもないことなのですが、棄権などされれば、それは冒険者学校にとっての恥。

ルールス分校は取り潰しさせていただきます。」






ぼくが、ルールス先生からの呼び出しを受けるのはなんやかんや。3日に一度くらいはある。

だが、今日は、というか、今晩はいささか様子が違っていた。


なにしろ、ほぼ真夜中という時間に、目を開けると、ネイア先生がうえにのし掛かっていたのだ。

相変わらずのボロ布を素肌に巻きつけただけ。

太ももはほぼ全露出だったし、乳もなかば見えている。


「お、起きました?」


「起きなければどうするつもりだったのかな?」


吸血鬼は目を逸らした。

ああ、血でも吸いたかったのか。


悩みどころではある。

ぼくとネイア先生は血を媒介にした従魔契約が結ばれている。


ぼくはいつでも解除していいのだが、ネイア曰く、契約が強力過ぎて、解除されること自体がネイアにとって甚だしい苦痛をもたらすのだという。

ぼくの命令をこなして、仕えているうちに自然に効力が弱まるので、それから解除してくれ、と提案されている。


いま血を吸われてしまうと、契約が強まって解除がしにくくなるはずだ。


「ルールス先生から、ご相談があると。」


同質の二人の様子を伺うと、マシュー坊ちゃんは、いつも通り、始業のベルがなってもおきなさそうであるし、リウは完全に寝たふりをしていた。

確かに正式な冒険者ではないにしろ、パーティである以上は、依頼の受注とセッティングはリーダーの仕事、ということか。

理屈はわかるけど、なんか腹立つ。



彼女の屋敷。

通称、ルールス館は、こんな真夜中でも煌々と明かりがついている。


そう言えば、ここはいつもそうなのだ。


ひとつには、闇に紛れる暗殺者を、警戒するということもあるのだろうが。

実の所は、ルールス教官は、ランゴバルドそのもののけっこう偉いひとなのだと、ぼくは踏んでいる。


学長戦に負けて学長でなくなっても、平然と館1棟を使用し続け、個人的な戦力とも言うべき、ネイアを雇っている。


(ネイア先生がどのくらいの強さかは、実際に戦ったわけではないが、死にものぐるいにやれば、けっこうロウにだって、食い下がるんじゃないかと、思っている。)


つまりは、「学院長」という地位は、ルールス先生の長い長い肩書きのほんの一部でしたかなく、夜も明かりがついているのは、ホントにそれだけ忙しいのではないか、と。



合うやいなや、そんなことを聞いてやると、ルールス先生は苦笑いをして、

「なぜそう、思う。」

と問い返した。


「ここを迷宮の中に作ってることでいろいろと考えるところがありまして・・・」


「わかった。もういい。

正解だとも不正解だとは言わん。


余計なことを知るのは、余計なことを考えるよりも危険だからな。


ところで、グランダの魔道院を知っているな。」


「在籍したことはありませんけど。」


「ボルテックという総帥が長年支配していた。それは知っているな?」


「妖怪じじい。」


「最近引退が決まったようだ。その情報は?」


「ぼくらが、グランダを出る頃には、そんな噂を聞いてました。」


「後釜の話は聞いているか?」


「ああ。」


と、ぼくは言った。


「その話なら本当です。」


ルールス先生が頭を抱えた。

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