第86話、深淵竜対踊る道化師

ぼくは、少し困惑している。


これは、ぼくたち「踊る道化師」については初陣である。

え?


「神竜の息吹」は?


あれは、ぼくが参加してなかったからなあ。

でもいいのか?

記念すべき初陣がこんな。



いじめみたいな構図で。



深淵竜ゾールは、地面に降り立った。

身の丈は尻尾も入れれば、40メトルを超えるだろう。

鱗は黒く艶々と光り、その輝きは夜空に星が瞬くよう。


ラウレスの艶消しの黒も悪くないが、この磨き抜かれた黒もなかなかよい。


「行くぞっ! ゾール!」


ぼくはカッコつけてキメポーズで叫んでみた。

恥ずかしいので、普段は絶対にやらないのだが、ここは迷宮ランゴバルド。


見られたら恥ずかしいドロシーは気絶中であるし、エミリアや「紅玉の瞳」はこんなやつはそれなりに慣れっこだろうと思う。


「ゆけ!ひっさつ!#炎の矢__ファイヤーアロー__#!!」


初歩の魔法の詠唱に、蜥蜴の顔に嘲笑が浮かぶ。

いわゆる人間ではないものが嘲笑を浮かべたとき、本当にわかるのか問題というのは、昔フィオリナとさんざ議論したが、わかるのだ。


相手がスライムだろうが、ゴーストだろうが。


そして、その嘲笑が、驚愕にかわり、恐怖にかわるのが、ぼくは結構好きさ。


炎の矢は。


ゾールを全方向から取り囲んでいた。


「な、なんだ。この数は!!」


ゾールは喚いた。


数は・・・・多分、そう一万はいってないと思う。

炎の矢なんて、何本って数えて作るもんじゃないよね?


ゾールが黒い翼を広げる。


その中にも星が瞬いていた。その星が急速に巨大化し・・・・


メテオストライク!!


飛び出したものは本当に星なのか。それとも単に灼熱の岩塊をそのように呼んだのかはわからない。


それは、ぼくたちめがけて殺到した。数は10個近い。


交わすにしても守るにしても。

失神中のドロシーや、ロゼル一族の下っ端たちの問題がある。


ぼくの生み出した炎の矢は、それを迎撃するために、消費し尽くされてしまった。

その間に、ゾールは飛び立つ。


上空から、ブレスや今のメテオで攻撃をかけようというのだろう。

だが、空にはすでに、ロウ=リンドが待機していた。


左手を一閃。

生み出した赤い鎌は、ゾールの翼を半ば両断する。


それでも上昇をやめないゾールは、空間の断層・・・さっき、ラウレスの首を切った技だ・・・を繰り出す。


ロウの翼が裂けて、彼女は、バランスを失う。だが、もともと彼女の翼は、コートを変化させたものだ。

落ちる前に、速やかに翼を再生し、先ほどの鎌状の赤い光を続けて放つ。


ゾールはブレスでそれを迎え撃った。


彼のブレスもまた「切断」に特化した効果があるようだった。

ロウの光は、ブレスに切断され、崩れて散っていく。


「リンド!!」


『紅玉の瞳』が叫んだ。いままでの感情を失った声ではない。力の限りの叫びだった。


「ボス!!」


ロウが手を振っている。バカ。戦いの最中だぞ。


ゾールの尾がロウの細身の体を巻き込んだ。

空中で吹き飛ばすよりも圧殺することを選んだのだろう。だが。


一見、華奢にすら見えるロウはその圧迫に抵抗する。


体躯で数十倍の相手の締め付けに拮抗し、力負けしないのだ。吸血鬼ってのは・・・全く。


尾で巻かれながらも放った赤い三日月の光は、今度こそ、ゾールの翼を完全に切り落とした。


バランスを失い地面に落下するゾール。

着地点にはリウがいた。


例の古の魔王の鎧ではなくて、冒険者学校の制服のままだった。巨体の下敷きになる寸前に、くるりと体を回転させる。

いつ抜いたのか、ぼくにも見えない。


だが、ゾールの尾は、半ばから両断されていた。


「なんなのだ。お前らは!

どこなのだ! ここは!」


ゾールは荒れ狂う。だが、リウもロウもその牙と爪の圏外に逃れてしまっていた。


そこに七色の光の放流。


ギムリウスの攻撃である。ゾールはその巨体を吹き飛ばされた。その」巨体は丸々一街区の建物をクッションにしてやっと止まった。


「ここは迷宮『ランゴバルド』。

ぼくら『踊る道化師』が作り出した。ランゴバルドに重なるように作った異世界『迷宮ランゴバルド』だよ。」


ぼくはわざわざ念話で答えてやった。


「いやでも」


暴れ回る巨体が、駄々をこねているようで、ちょっと可愛かった。


「冒険者が迷宮を作っちゃおかしいだろうっ!?」


「そうなの?」


ギムリウスが不安そうに聞くので、ぼくは胸を張って「問題ない」と答えたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る