第87話 真祖と紅玉の瞳

「な、何故だ!?」


瓦礫のなかでなおも、深淵竜は立ち上がる。

驚いた。

リウに切断されたシッポはもう再生しつつある。


竜の鱗はそれ自体、強大な防御力を誇る。

それこそ、同格の龍どうしでないと、めったに傷も負わないので、再生についてはそこそこのものが多いのだ。


こいつは、再生については、並の古竜の水準をはるかに越える。


口が、カッと開かれ、ブレスが放出された。

わざわざその、正面に立ちはだかった阿呆がいる。

言わずと知れたリウであり、彼の剣は、切断のブレスを切断して、雲散霧消させた。


そのときには、深淵竜は、シッポの再生を終え、人間へと姿を変え。

さらに背後に生じた空間の裂け目に身を踊らせた。




「思ったよりやるじゃないか。」

リウは白い歯をみせて笑う。


ぼくも同感だ。

悪知恵ばかりの小悪党感まるだしの蜥蜴だと思っていたが、切れたシッポを残して退散するなと。



やっぱ蜥蜴だ。


ロウは、「紅玉の瞳」の前に立った。

カーキのロングコートに口元を隠すストール、サングラス。


「久しぶり!」


「あ、ああ。」

紅玉の瞳は、のろのろと言った。

「千と三百年ぶりか、な。」


「それくらいには、なる。

その節はお世話になった。」


ロウは、ぺこりと頭を下げた。

感謝は本当だろうが、か、軽い。


「わ、わしは」


紅玉の瞳は認識阻害を解除した。


ラウレスが、ひっと悲鳴を押し殺す。


それは無惨な姿だった。


顔は下手くそな戯画のような仮面。


ボロボロの布と化した衣服の間から覗く皮膚は、ほとんどが人工物。


わずかに胸下から脇腹の、もとの肉体が残る部分には、蠢く機械仕掛けの虫がはりつき、皮を剥がし肉にキリを差し込む動作を続けている。


傷は吸血鬼ならではの再生力で瞬く間にもと通りに、なってしまうのだが、そこにまた機械虫はごりごりと、傷口をつくり、そこをつつくことを繰り返していた。


「ああ・・・これか。」


紅玉の瞳は笑ったようだった。

いや、粗雑な仮面はまったく表情というものを作れなかったのだが。


「痛み・・・だ。すり減って消滅しかけたわたしの心には、せめて痛みだけでも感じさせ続けないと、もはや心は自我のない暗闇におちてしまう・・・」


ぎぎ。


と音がして、紅玉の瞳は歩んだ。


手足はとっくに人形だ。いやそれを動かしているのも、魔道人形の頭脳だ。


ぼくはちょっと混乱していた。これは紅玉の瞳、だ。

魔族戦争前に、ロウ=リンドがお世話になっていた(らしい)裏社会の、そして今は流浪の戦闘集団ロゼル一族の頭領紅玉の瞳。


だが、身体も、それを制御する頭脳も、魔道によって置き換えられた人形だ。ならばこれははたして、紅玉の瞳なおか、それを模した魔道人形なのか。


「ずっと・・・探していた。リンド。」


すすりなくように紅玉の瞳は言った。


「わたしは主殺しの吸血鬼だ。寿命のない生というものが、かくも無惨なものになることは、誰も教えてくれなかった。

おそらくは主の姿をみて、自分の行く末を知り、その決着をつけるのだろうが。」


ロウはその姿を見つめ、ふう、とため息を(こっちも別に息をしていないのでただのジェスチャーでしかないのだろうが)ついて、言った。


「なにかしてやれることはあるか? 首領。」


「わたしを吸ってくれ。吸い殺してくれ。」


紅玉の瞳の手がロウの首にかかった。

きしきしと音がする。関節の具合もよくない。要は整備不良の人形を不完全な魔道人形の頭脳が動かしている。


「首領が死んでしまったら、あんたの一族はどうなる?」


「わたしをおまえが吸えば、おまえの中にわたしは生きる。そうしたら、おまえがロゼル一族を率いてくれ。

昔々の『紅玉の瞳』の末裔たちだ。おまえの仲間だ。」


「わたしの仲間はルトたちだけだよ。」


ロウはきっぱりと言い切った。


「あの港街はいまでもよく思い出す。いい飲み屋があった。いい霧がでた。あんばいのいい闇があった。

気の合う仲間もいたな・・・・


でも、そいつらはいまのあんたの部下共じゃない。もう千と三百年まえに死んだんだ。」


「おまえがわたしを吸わないならば」


仮面が2つに割れた。

顔を横断するような巨大な口があらわれた。錐のようにとがった歯がならぶその口で、紅玉の瞳は、ロウの首筋に食らいついた。


「ああ・・・」


ロウの悲しそうな顔は初めて見たかもしれない。


「首領。あんたの口には、もう血を飲み込む先すらのこっていないよ。」


ぼきっ


という音はロウの腕が、紅玉の瞳の首をへし折った。その音。


その首にロウは牙をたてた。


「首領。」


そのまま、しゃべるというロウは器用なことをした。


「あんたの身体にはもう吸える血も流れてないよ。」


仮面の奥で何かが壊れる音がした。生き物、ではない。機械仕掛けのなにか、が。


ばたり、と糸が切れた操り人形のように紅玉の瞳は倒れた。


そして、そのまま動かなくなった。

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