第85話 大迷宮へようこそ
死。
死。
死。
深淵竜の思念が、叩きつけられる。
ロゼル一族のものたちが。
ドロシーが。
体を硬直させて倒れる。
「おまえたちをここで葬る。
そのあとで、ゆっくり本物の鱗を探し出すとしよう。」
闇に沈み込んだゾールの声だけが陰々と響いた。
「犯人の口から自白が取れないのは仕方ない。
死体で我慢しよう。
ここは、我、深淵竜ゾールの世界。たとえお主らが何者であろうとも、どんな力を持っていようとも、ここでは我が支配者だ。
己の無力を嘆いて、嘆いて、嘆いて、死ぬがよい。」
「ニフフ、あなたの出番だ。」
ルトは、ドロシーを抱き上げながらニフフに声をかけた。
『紅玉の瞳』とエミリアは、この思念の嵐の中で、なんとか耐えている。
「閉ざされた世界を破るのは、あなたの御家芸でしょう。
次元竜ニフフさん。」
「できん。」
ニフフはうめくような声で言った。
「閉鎖空間を破れば外の世界に、余波が及ぶ。
ランゴバルド博物館、いやこの街区全てが消滅するエネルギーだ。」
「そうは言ってもさっきからそのためにエネルギーを貯めていたじゃないですか。」
「ルト殿・・・私はな・・・もうこの街に数十年、人間として生きてきた。
愛した女性もいた・・・もちろん、人間だ。この博物館もその職員たちもここを訪れるランゴバルドの住人たちも死なせたくはない。」
ニフフは、真っ直ぐにルトを見つめた。
いやに澄んだいい目をしていた。
「あなたなら、この状況をなんとかする方法を持っているのでは?」
「何を根拠にそれを言うのかはわからないけど。」
ルトは言った。
「もしぼくを信じるならば、最大出力でこの世界をぶち破ってくれて結構です。
ランゴバルドには、そよかぜひとつ起きません。」
「信じてよいのだな。」
「ああ・・・なんというか。」
ルトはなんとも言えない顔をしている。
「この度のことに関しては大丈夫です。この先どうなるかまで考えたら、別の感想もあると思いますが。」
ならば。
老人の体が白光を放った。
輝きの中・・・・竜の姿が立ち上がり、咆哮する。
世界がビリビリと震えた。
「ニフフっ! 貴様は・・・・」
「老人の姿をとっているのは、歳を取らぬことをいちいち周りに説明するのが面倒になっただけだ。」
ニフフは、ゾールの言葉を鼻で笑った。
「ぬしは世界を作る。わしは世界を壊す。
まさに炎と水の関係じゃな。わしに関わったことを後悔するがいい。」
その力を使えば、ランゴバルドが崩壊するのだぞっ!
ゾールの叫びは遠くに聞こえ。
床が、壁が。
天井が。
バラバラに崩壊していく。
まるで、舞台のセットが片付けられていくように現実感のない薄っぺらに絵に変わり、それがくるくると巻かれてどこ何片付けられていく。
世界は暗転し。
一向は、瓦礫の山と化したランゴバルド美術館の前に立っていた。
びょうびょうと風の吹く音だけがした。
博物館だけではない。
もともと、行政関係の役所が多い、この地区が丸ごと廃墟になっている。
原型をとどめている建物の方が少ない・・・時刻が時刻だけに、人的な被害は少なかっただろうが・・・・
「こ、これでは・・・」
ニフフは狼狽えたようにルトを見た。
のほほん、とルトは頷いた。
「お見事です。」
「しかし・・・・ランゴバルドに被害は及ばないと・・・
これでは、わしの危惧した通り、この街区は全滅だ。
『暁の戦士』や警備員たちもいたはずなのに・・・・」
「騙されたのだよっ!ニフフ。」
暗い空から、ゾールの声が響いた。
「その、ルトとか言う人間の小僧に、な。
上から見ればよくわかる。
建物が跡形苦もなく粉砕したのは、この街区だけだが、建物の倒壊は隣りにも及んでいる。
あそこはたしか歓楽街だ。
夜中でも人通りは、耐えない街。
ああ、被害は何千人になるのか。あるいは何万人に。」
「ルト殿!」
に悲鳴をあげてルトに掴みかかったニフフは、老人の姿はとっているが、正体は古竜である。
ルトの体を楽々と持ち上げて、噛みつかんばかりに、食ってかかった。
「ゾール!」
ルトの、声は楽しそうだった。
街をひとつ、瓦礫に変え、何千もの死者やそれに倍する負傷者をだしたなお、その声が出せるのか。
怒りのあまり、目眩すら感じて、ニフフはルトを締めあげた。
「空からよく見えるのなら、じっくりと見てみるんだね。
はたして、壊れた建物に人はいたのかな?」
風の吹く音が。
突如黙りこくってしまったゾールが、地上に降り立った。
減速もせずに、地面に降りたので凄まじい音と、その足元を中心に放射状の、ひび割れが走った。
「ランゴバルドの民をどこへやった!」
ゾールが喚いた。
「ここは、そもそもかの西域に名高い冒険者の国、ランゴバルドではない。」
ルトは実に楽しそうだった。
頭上の空が裂けた。
城塞ほどもある蜘蛛が、降ってくる。
隣の街区を瓦礫にかえて着地した蜘蛛は、ゅっくりと、体の向きを変える。
その動きで建物は、倒壊し、落下した建物の破片がさらに破壊を巻き起こした。
頭部に生えたヒトガタは、最初まったく人目に止まらなかった。
ぶんぶんと勢いよく手を振って、自己アピールをしたから、やっと気がついたのだ。
「ギムリウス、待ってたよ!」
ルトが叫ぶと、神獣は、両手を振りながら叫び返したのだった。
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