第74話、その日に起きたこと その3
時計、という便利なものが普及した西域では、時間ごとに鐘を鳴らして時を遂げる方式は廃れて、久しいそうだ。
中には、携帯用の懐中時計や腕時計といった便利なアイテムを所持しているものもいる。
黒蜥蜴もそういったアイテムを保持していたのだろうか。
真夜中になると同時に、ランゴバルド博物館の屋上には、怪盗黒蜥蜴の哄笑が響き渡ったのだ。
「クアッっははっは!
我が名は怪盗黒蜥蜴。
ランゴバルドの至宝『神竜の鱗』は、わたしがいただく!」
それはいいけど(いやよくはないが)そんなところに浮かんでたら危ないぞ。
我が故郷、グランダのような田舎町と違って、ランゴバルド上空は全て、飛行禁止区域である。
建物の高さより、高いところを飛ぶものは全て、停滞フィールドに引っ掛けられ、動きを止められたところを、石火矢で狙い撃ちされる。
誰何は、地上に落ちてからで良い。
というのが、西域一等国の考えだそうだ。
そういう意味では、ランゴバルド国立博物館は、かなり高層に作られているので。
その屋上の、またさらに上空というのは、本当にぎりぎりの高さの可能性大である。
そのとき。
ピリリリリッ
笛が鳴った。
何者かが、「神竜の鱗」の置いてある部屋へ侵入しようとしたのだ。
「クワァッハッハッハ!」
かまわず高笑いを続ける黒蜥蜴。
まさか、どうしたらいいのか分からずにとりあえず笑ってるんじゃないだそうな。
手順では、
黒蜥蜴侵入します→笛鳴ります→黒蜥蜴屋上に逃げます→捕まえます
だった。
と言うことは?
「おーい、黒蜥蜴!」
「何かな? 冒険者の少年。」
「おまえの仲間が先に侵入したとかいうことは?」
「は? わたしは知らんぞ。」
まずいな。
黒蜥蜴以外の賊がこのタイミングで仕掛けてきたのか?
「エミリア! ドロシー! 予定外だが、3階に降りてみよう。最初の計画だと、『暁の戦士』が取り逃した黒蜥蜴を屋上で捕まえるはずだったが、おかしなことになっている。」
「そうだね! まず黒蜥蜴を3階で取り逃さないうちに捕まえたら、変だものね。」
それも少し違うぞ、ドロシー。
ぼくらは、屋上から7階に降りた。そこからの階段の場所は四箇所ある。
それぞれ手分けして、降りることにした。
くれぐれも無理はするなよ!
賊を見たら物陰に隠れてやり過ごせ。
「わかった!」ドロシー。
「弱そうだったら、仕掛けるからね。」エミリア。
「わたしもそうする!」黒蜥蜴。
うん!なぜか黒蜥蜴もメンバーに入っているね。
ドロシーに、慌てて降りて階段踏み外すと危ないから、気をつけるように念を押す。
西と中央の階段へドロシーとエミリアが走り去るのを確認して、ぼくは黒蜥蜴の方を振り返った。
「ラウレス!」
「何を言ってる。わたしは怪盗黒蜥蜴・・・・」
「現実逃避するな! おまえは、黒龍ラウレス。いま人間相手に五連敗中の古竜だ。」
「・・・うう、今夜だけは怪盗黒蜥蜴でいさせて・・・」
「ざあんねんながら、それも却下だ。」
エミリアは、階段を降りかけたところで、足を止めた。
なんだかよくわからない状況では、ある。
神竜の鱗は、価値はあるが、換金は難しい。何かのアイテムとして利用できるのかもしれないが、今までに数が少なすぎて、伝説レベルで遡っても果たしてどういう効用があるのかさっぱりわからない。
だが、大事なのは。
おそらく彼女だけが握っている情報。
神竜の鱗は、ルトの手中にある。
重要なのはそのことだ。そのことだけだ。
階段を降りるのをやめて、エミリアは引き返す。
ドロシーは、いちばんに、あの神竜の鱗がおかれた小部屋にたどり着いた。
階段は無人。
巡回の警備員にもすれ違わなかった。
この階に配置されたはずの、警備員にも。
部屋は、それほどひどくは荒らされていはいない。
ただ、『暁の戦士』は全員が昏倒していた。
そして。
台座のうえの水晶が砕かれ、そこにあったはずの「神竜の鱗」はなくなっていた。
「賊じゃ。」
ニフフ副館長がよろよろと身を起こした。
額を切られ、顔が半分血で染まっている。
出血はひどいように見えるが、傷は浅い。
ドロシーは冷静な自分に驚いた。
「どんなやつです? どっちに逃げました?」
「わからん。まるで疾風のごとき、集団じゃった。
冒険者たちは瞬時に倒され、わしもこの有り様じゃ。
気がついたときには、神竜の鱗はもうなく・・・・」
「わたしたちは、屋上にいました。」
ドロシーは、ニフフの顔に持っていた白布を押し当てた。傷はもう塞がって、出血も止まっている。
「打ち合わせの笛の音がしたのですが、あまりにも早かったので、降りてきたのです。
みんな別々の階段で。
もし、賊が、予想通り、屋上から逃げ出そうとしたなら誰かが接触しているはずです。」
本当はさっそくに怪盗黒蜥蜴と遭遇していたのだが、それは黙っていることにした。
不可解な部分が多すぎる。
「そ、そうか。」
ニフフは、空になった台座を見つめ、もう一度、がっくり膝を落とした。
「ま、まさか本当に、賊がやってくるとは・・・」
「集団とおっしゃいましたが、何人ほど?
背格好や、話している言葉など、何かご記憶にあれば。」
「わからぬ。動きがあまりにも早く、手練れの冒険者も反応すらできなかったほどだ。」
「なんの反応もできずに?」
「ああ、あっという間に倒されてしまった。」
ドロシーは、ゆっくりと、不自然にならぬようにニフフから距離をとった。
「・・・わたしたちは合図の笛の音を聞いたのです。」
ニフフの目が大きく見開かれた。
「もし、『暁の戦士』が反応もできずに倒されたのなら、笛を吹いたのは誰でしょう?」
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