第73話、その日に起きたこと その2

真夜中を過ぎれば、怪盗黒蜥蜴の犯行予告の日になる。


翌朝からの博物館の開館時間を狙うのか。

はたまた閉館中を狙うのか。


ニフフ老の要請で警備の人数は倍になって入る。夜間の警備もこのフロアだけは、通常の巡回以外にも交代で二人の警備員が常駐することに、なっていた。


「ここの守りは俺たちが固める。


君たちは、館内を巡回しててくれ。バラバラになっても三人一緒でも構わない。


ウチの魔道士オルガナが、反発フィールドで、この部屋を含む一角を全て包み込む。

強い障壁としての力はないが、何かが入ってこようとすれば、必ず、気がつく。


この時点で、この呼子を吹くので」


耳障りな音は、静まり返った館内によく響いた。


「君たちは、直ちに屋上に上がってくれ。

我々や警備のものが賊を取り押さえられれば良いが、そうでなければ、やつは必ず屋上を目指すはずだ。」


「それは、なぜ?」


ドロシーが首を傾げた。


「この階に駆けつけた方がよくはないですか?」


「たぶんそれでは遅い。賊を捕まえられれば、君達の屋上行きは全くの無駄足になるが、もし取り逃した場合は、やつは屋上から脱出しようとするだろう。


これまでのデモンストレーションで、街のあちこちにあらわれたときも、やつは必ず高いところに現れ、そこから姿を消している。

身のこなしが軽いのか・・・あるいは飛翔の魔法を使えるのかもしれない。


屋上でやつを見つけたら、出来るだけ足止めをするんだ。無理に捕まえようとはするな。

もし逃げられたら、逃げた方向をできる限り目で追ってくれ。」


おそらく彼は好意で言ってくれている。

先日の雑談でぼくらが、入学したばかりの冒険者の卵だと話している。

だから・・・妙な動きで警備の邪魔をされたくないのだろうし、怪我でもさせたりしたら、気の毒だ。


そう思ってくれている。


嫌がる黒竜に、無理やり変な仮面を被らせて「黒蜥蜴」なんて名乗って犯行予行を送らせたぼくとしては内心忸怩たる思いだ。


「暁の戦士」は他に両刀を腰に挟んだ軽装の戦士。禿頭に紋章を刻んだ女性の亜人の戦士がいた。


ニフフ老に、よろしいですか?と尋ねると、おまかせいたします、との返事が返ってきた。


「一つ、確認なんですが、神竜の鱗は、この水晶の中で安全に守られているのですよね。

ここで、戦って、その余波で傷がついたりは・・・・」


「ああ、それは。」

とニフフ老は顔を顰めた。

「周りを囲むこの透明な物質は、神竜の鱗自身が発生させたものです。材質を調べるために、少し削りましたが、付与魔法のない鋼では歯が立たなかった。

一方で、戦いという意味では、派手なことは避けていただきたい、としか申し上げられない。


同じフロアには貴重な魔道書や工芸品の数々が展示されている。


こちらは、神竜の鱗ほど強固には守られておりませんから。」


ぼくらは、とりあえず、館内をひと回りしてきます、と言って「神竜の鱗」の部屋を後にした。


「馬鹿にしているよね。」


「ずいんぶん気を使ってくれてる。」


エミリアとドロシーがそう言ったがどちらもあっている。

荒事には慣れているエミリアがそう感じるのは、無理もないし、この間までただの町娘だったドロシーが正確にそんなことを感じ取れるのは、大したものだ。


ランゴバルド博物館は、ここをお目当てにランゴバルドを訪れるものも多い観光の名所だ。

もともとは、王宮だったそうで、地上波7階。中庭を囲むように四つの建物が立ち、それぞれが空中回廊で結ばれている。


地下には、所蔵庫があるそうで、普段、展示していないもの。呪いやら汚染やらで人前に出せない収蔵物もそこに仕舞い込まれているらしい。



出入口は、正面の入口以外に、搬入口が二箇所。これは、収蔵品の出入と、その他の雑多な納品物(食材や事務用品など)を分けるためだった。

もともと、王宮とはいえ、生活の場ではなく、政務に使われていた建物でやっかいな隠し通路などはないものの、要人を警護するよりは、ひとの出入りがしやすいように作られていて、これでは展示品を展示室に放り出したまま、守るのは難しいと思われた。


もともと「博物館」であり、展示品は、学術的には貴重であっても、かならずしも高価なものとは限らない。


一通り、館内を巡ったのだが、最後に屋上へとぼくらは足を運んだ。


屋上から見下ろしたランゴバルドの街並みは、空の星が降りたよう。

一面に街灯は一晩中ついている。


くわえて、まだ営業している店も多く。


この街にほんとうの夜が訪れることはないのではないだろうか。


ぼくらはしばらく、地上の星空を眺めていた。


風が冷たい。

ドロシーはそっと体を寄せてきた。

これはあれだ。


いい雰囲気というやつだ。


「あのね、マシューがね。」

と、自分の主の名前を出した。

「いよいよ、正式に勘当になるみたい。」


「マシューは、冒険者として、なんとかやって行けそうだ。」

と、ぼくは言った。


「でも、あらためて、勘当言い渡されるのはちょっと、ショックみたい。

いままで当然のように着いてきた家名が名乗れ無くなるのって。」


「家名がないのって気になるのかな?」


「もともと家名なんかなくても家族は家族だしね。」

「なんだか物足りないって、本人思ってるなら、ドロシーのところの家名を名乗らせてあげたら?


マシュー=ハート、けっこういい響きだと思うけど。」


「はあ」


でもそれって結婚したパートナー同士が。


そう言って赤くなった。


「寒いね。」

と、言いながらも足をぞもぞとしている。


「ギムリウスのスーツが。」

と、言ってまた赤くなった。

「あんまり、透明なところが多くて。

胸の方はシールみたいなのをロウさまがくれたんだけど、」

下をむいて独り言でも言うように。

「下は剃ったんでなんだか、違和感が。少しチクチクするし。」


エミリアが声を殺して笑っている。

風か吹き抜ける。


さあて。


そろそろ、刻限だ。

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