第69話 ,嘘つきと偽物、紛い物、フェイクとイミテーション その2
エミリアを選んだ理由は、彼女が、リウの「魔王党」の中では群を抜いて使い手である・・・以外にもちゃんと理由がある。
リウは、王さまでオレさまなのだが、でんと後ろで構えているタイプではない。
自分で考え、次々と仕掛けていかないとどうにも収まりが悪くなるタイプなので、支えるものは大変である。
そのリウがドロシーを連れていけと、言ったのには、それなりの理由があるのだろうと、ぼくは真剣に考えて、考えて、考え抜いた。
おかげで黒幕とのせっかくのコンタクトが上の空になってしまったくらいだ。
で、結局、仲直りをさせたいのだろうかという結論に達して、寝入りばなのリウを叩き起こして、確認した。
ちなみに同室のマシューは、起床時間の鐘が鳴っても起きないタイプだ。
「そりゃそうだろ。」
眠い目を擦りながら、呟く、リウはなかなか可愛らしい。
「ドロシーはいい人材なんだ。ちょっとした誤解で失うなんて勿体無いぞ。」
「いや、ドロシーはマシューが好きで、ぼくにはフィオリナがいて。」
「副官が愛人で、旦那が別にいてもオレは一向に構わないと思う。」
こういうところはいくら賢くてもやっぱり1000年前のニンゲンなんだよなあ。
「でも誤解と言っても、現実はさらにやばい訳であって・・・」
「ルト。」
「なにさ?」
「キスしてやろうっか?」
「なにゆえっ!?」
「元気が出るからだ。」
お前が女なら考えてやる! とかいうと本当に女にもなれるヤツなので、強引に体をもぎ離した。
「なぜに拒む!」
「それとこれとは関係ないからだっ!」
「そうなんだ。」
リウは、ゴロリと横になって、寝言のように呟いた。
「それとこれとは別なんだ。」
つまりは、別にぼくが担任教師のネイア先生の愛人であろうが(これはウソ)、故郷に愛する婚約者いようが(これは本当)ドロシーを愛しても構わないし、ドロシーもマシューを愛していようがいまいがそれに応えても構わない、と?
無茶苦茶、言ってくれるぞ、魔王。あ、魔王だからいいのか。
魔王に現代の道徳を押し付けてもしょうがあるまい。
もやもやの治まらないまま、ぼくは散歩を兼ねて、ロウのところを訪れた。
暴力多めだが、割と人道的なアドバイスをしてくれるアモンに、比べると非道徳的な相談は吸血鬼に限る。
ロウの住む寮は、ぼくらのところから歩いて10分ばかりのところにある。
彼女だけは二間続きの個室をもらっている。
なぜか、といえば、吸血鬼だからだろう。
もう夜中に近い時間なのに窓が開いていた。何かキラキラと光る白いものが、次々と投げ出される。
街灯に照らされたそれは、まるで、粉雪でも舞っているような美しさだ。
近づいてみたら、本当に雪だった。
「なにやってる? ロウ!」
夜中なので抑えた声で叫ぶと、ロウ=リンドがバルコニーから顔を出した。
手にスコップを持っている。
「やあ、ルト。あらかた終わったんだけど、上がってお茶でも飲んでかない?」
「そのつもりで来たんだけど、なんだこれ。」
「雪、だ。」
毎度、ロウの飛翔魔法を借りるのも気が咎めたので、自分で浮いて三階の彼女の部屋のバルコニーにたどり着いた。
「部屋が雪に埋もれてしまったんだ。融けないうちに掻き出そうと頑張ってたらこんな時間になってしまった。」
「いったい、なにが・・・・ドロシー??」
部屋の温度は雪のせいかだいぶ低い。
ドロシーは、ロウのコートにくるまって、部屋の隅で震えていた。
正確には、震えながら、怒りながら、すまなそうに、恥ずかしがっていた。
「ドロシーの魔力暴走だ。」
ロウは、マグカップに積もった雪にそのまま、魔法をかけてお湯にした。茶葉を紙で包んでその中に突っこむ。
「リンド式アイスティー。」
アイスティーは冷たいお茶なんだが、これは温かいよ? 雪から作ったからアイスティー? だったらスノーティじゃないの。
ネーミングは最低だが、雪質が良かったのだろう。お茶は美味しかった。
ドロシーもカップを受け取り、あいかわらず、すまなそうに怒りながら恥ずかしそうにお茶を啜った。
「ドロシーが魔力暴走を起こすなんてあるのか? 血でも啜ろうとしたんじゃないだろうな?」
「だったら、もっと上手くやる。」
悪びれもせず、真祖は、胸を張った。威張るとこか?
「だったら・・・また脱がそうとでもしたのか?」
「惜しい! いいセンなんだけど、惜しいな!」
真祖は身軽にジャンプして、ドロシーのそばに降り立つと、パッとコートを捲った。
「着せようとしたら、こうなった!」
ドロシーは、コートをかきよせると、慌ててしゃがみ込んだ。
見えたのは、一瞬だったが。
いやあ、全裸よりもまずい服があるのを、ぼくは初めて見た。
水着だ。
と言い張ってもまずいだろう。
だいたい、生地の大半が透けてるのだから。
もとの銀色を残しているのは、胸の先端部分と股間だけ。あとは、裸と変わらない。
あまりにも銀色の面積が狭すぎて、ドロシーの髪以外の毛色とか、胸の肌色じゃない部分とかも見えてしまってるわ。
「防御力は以前より、アップしている。しかし。」
「実はちょっと、ぼくも相談があったんだ。ドロシーの服のことで。」
「おおっ! やっぱりわたしたちって通じ合うものがあったんだなっ!
ちょっとギムリウスとドロシーの健康的な肌の色をもっと魅力的に見せるための、スーツの改良を研究してて」
え・・・ルトってロウさまとも・・・
ドロシーがまた危険な誤解を。
「むしろ、逆。
今のボディスーツはあまりにも体の線を露出しすぎなので、何か上から羽織るもの!
体の線がでないようなジャケットとパンツを調達できないかと思ったんだ。
重ね着すれば防御力も上がるし、綿密にオーダーしないと肌の方が切れてしまう問題は、下に着込んだボディスーツが解決してくれると思うんだけど。」
「せっかく、肌の血色がこんなに良くなってすべすべなのに・・・・」
「一般常識の10日間コースをやり直してもらうように、ネイア先生にお願いしてやろうか?」
「それはヤダ!」
真祖は即答した。
「次の休息日に、カーラとミーアとお芝居を見にいく約束をしている。もちろん二人の奢りだぞ!」
「なら、明日の放課後までに、ボディスーツの上から着れるシャツとジャケットとパンツを用意してくれ!」
出来なくはないけど・・・・とロウはぶつぶつと文句を垂れる。
明日までっていうのは、無茶じゃない。もう少し時間が・・・
「リウから、ランゴバルド博物館の護衛に、ドロシーも連れていけって言われてるんだ。
この格好で表に出せるか?」
温かいお茶を飲んだドロシーは少し落ち着いたのか、改めて、魔力を暴走させたことを詫びた。
確かに、魔法使いとしては一番、恥ずべき失敗には違いない。
スーツの調子が見たいから、今夜はそのままで。というロウの進言に従ってドロシーはコートを羽織ったまま、帰ることにした。
「送ってってやってね。」
ロウは、バルコニーを指差す。はいまかしとき。
と軽く応えたが、浮遊魔法で降りる段になって
「ドロシー、もっとしっかり捕まらないと、落ちるよ。ここ三階だから。」
「こんな感じですか?」
「いや、もっとこう密着する感じ? ルトの首にぐるっと腕を回して、腰を密着させて、足を絡める感じで。」
悪いが、その程度でぼくの魔力制御がどうなる訳ではない!!
ルール先生の「真実の目」でぼくの魔力は、魔王その人にも匹敵すると言われているのだ!
甘い!甘いぞ!真祖吸血鬼ロウ=リンド!!!
・・・・というわけで、ぼくはドロシーに必要以上にピッタリとくっつかれて、すべすべの頬の感触とか髪のいい匂いに、半ば目を回しそうになりながらも、魔力制御には全く揺るぎすら見せないまま、ふんわりと地上に降りったったのだ。
「ルト・・・」
「リウが言うには」
こんなところで上古の暴君の名前は出したくなかったのだが、言う内容があんまり非道徳的だと思ったので、思わず名前を借りてしまった。
「ドロシーは、絶対に手放したらいけない人材なんだそうだ。
どんな形でもいいから、そばに繋ぎ止めろ、と。」
口説き文句としては最低なのだが。
ドロシーの顔が紅潮している。あ、そうだ、この子は自分の能力を認めてもらうのに飢えてて、その手の褒め言葉に無茶無茶に弱いのだった。
ドロシーの舌がぼくの頬を舐めた。ぬるりとした温かな舌触りは、残念ながら吸血鬼にはない。あいつら意識しないと体温=外気温だから。
瞼を舐め、顎を舐め、もちろんくちびるは念入りに。
舌は口内にも入り込んで、ぼくたちはお互いを味った。
「一緒にいます。」
ドロシーは宣言した。
「マシューはわたしがいないとダメな人なので・・・わたしは多分、マシューと結婚するのだと思います。
でも、ルトとも一緒にいます。
ルトは・・・たぶん、英雄になって、あっちこっちにルトを必要とする人や国がいてそれを飛び回っていて。
わたしはそれにずっとついていけるほどには、強くなれないから、どこかであなたの帰りを待っています。」
「ぼくらが何か、ロウにきいたの?」
「だって、ネイア先生って、冒険者学校の悪夢と言われてた怪物なんですよ。
前学長のルールス先生以外の人間の言うことは絶対、聞かない、誰も制御できない。冒険者としても問題を起こしすぎて、学校預かりになって。
そのネイア先生が、跪いて敬う真祖吸血鬼ロウ=リンド。ルトはそのお友達なんでしょう。」
「パーティメンバー。」
「リーダーは?」
「ああ、っと、ぼくだなぁ。」
ドロシーは、体を密着させるようにしてもう一度キスをした。
「ロウさまから、これを一晩、脱ぐなと言われてるので、今日はここまでです。我慢してね?」
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