第68話 嘘つきと偽物、紛い物、フェイクとイミテーション

黒蜥蜴は、颯爽と宙を舞う。


今日は、『勇者像の広場』に彼は現れた。

あまり、長い口舌は述べずに、ビラだけを巻いて、姿を消す。


何人か「飛翔」魔法を使える冒険者があとを追いかけようとしてが、見失った。


いくつかの建物を屋根から屋根へ。

そして、地上に降りた黒蜥蜴は、人気のない裏路地に逃げ込むと、例によって黒いジャケットを裏返して、そのまま、人混みに紛れようと歩き始めた。


「黒蜥蜴。」


だが、その目の前に立ち塞がるローブの男。

ローブは全身を覆っている。年齢はわからない。


黒蜥蜴は、とっさに路地の反対側を振り返ったが、そちらもまた、同様の黒いローブの男が立ち塞がっていた。


「逃げられんよ。いや、害を加える気は無いのだ。二、三確認したいことがあってね。」


「奇遇だ。」


黒蜥蜴は答えた。


「こちらにもキミたちに聞いておかなければならないことがあったんだ。」


ローブの男の答えは、棒の一閃だった。

それは衝撃波となり・・・黒蜥蜴を打ち据えた。


いや。間違いなく打ち据えたはずの衝撃波は、黒蜥蜴をすり抜けるようにして、脇の壁にぶつかった。

重いものがぶつかったような揺れ。漆喰の壁は、ハンマーに叩かれたように凹み、ヒビが走っている。


「竜の魔法か、体術か。」

ローブの男は、棒を構え直した。

その先端に炎が燃える。


「気をつけろ。けっこう『やる』。」


街灯は、大通りに出ないとついていていない。路地は薄暗く、狭く、ローブの男たちが持つ長い棒はかえって不利にも思えた。


「炎連弾。」

棒の先端に灯った炎が射出される。


黒蜥蜴の掲げた掌に魔法陣。吸い込まれた炎は、ローブの男の脇の壁に突如、形成された魔法陣から飛び出した。

男は、舌打ちをして、それを棒で払う。


黒蜥蜴は、跳躍した。

必ずしも人間離れした距離ではない。が、右の壁を蹴って左の壁へ。それをまた蹴って右の壁へ。


壁を蹴りながら、上昇していく。


反対側のローブの男は、自分の棒を垂直に立てると、それを起点にジャンプした。

もう一人の投げた棒を蹴って、さらに高度を上げる。


黒蜥蜴の頭上から、大上段に振りかぶった剣は、西域には珍しく大きく歪曲した片刃剣であった。

黒蜥蜴は、体を大きくのけ反らせながら蹴りを放った。


蹴りは剣を握る男の小指を砕いた。


剣はあらぬ方向に飛んでいく。

だが、無理な姿勢で蹴りを放った黒蜥蜴もまた。


空中でバランスを失い。


そのまま地面に叩きつけられるかに見えた。その小柄な体を、空間に突如生じた「切れ目」が吸い込んでいった。




・・・・・

「我が、異界へようこそ。ラウレスくん。」



仄暗い世界に声だけが響いた。


「ラウレス? 誰のことかな。我が名は怪盗黒蜥蜴・・・・」


「きみの趣味は、わたしには理解できぬ。」


ため息を吐くように声の主は言った。


「あの『犯行予行』はどういう意味かな?」


「ランゴバルド博物館の警備では、『神竜の鱗』は守れない。いっそ吾が手におさめてしまったほうが守りやすい、と判断した。」


「ほう。

我々の約束通りにことを運んでくれる気はあるようだな。」


黒蜥蜴は、ドンっと踵を踏み鳴らした。

それを合図とするように、明かりが灯っていく。


いくつも。いくつも。いくつも。


ろうそくにも見えたが、炎の揺らぎはない。おそらくは小さな電球だ。それが壁一面に無数に設置されている。


ある程度の明かりが確保されてみると、そこは、丸いドームの集会場のような一室だった。

おそらく、20名ほどが入ればいっぱいになってしまうだろう。


壇上に立つ男は、これと言って特徴のない中肉中背の男だ。至る所に護符を縫い付けた、魔導師が好むような長いマント。

表情は、驚きと「憤怒」のため、歪んでいる。


「面白い芸をするな、ラウレス。」


「ロゼル一族とはなんだ。」


黒蜥蜴は短く言った。


「すでに奴らの犯行予告が、ランゴバルド博物館に届いていた。面白いことが書いてあったらしい。

『神竜の鱗』はもともと彼らのものだから、『返せ』と。」


「知らぬ。」


男は嘯いた。


「人間界の盗賊になど、知己はおらん。」


「ミトラの大聖堂から、『神竜の鱗』を盗み出したものどもも、ロゼルを名乗っていたらしいな。」


「・・・・大方、神竜の鱗を5枚揃えると、神竜が現れて願いを叶えてくれるという伝説でも信じた痴れ者どもだろうよ。」


「ほう?

人間界の盗賊如きが、竜の都からも『神竜の鱗』を盗み出したと?


そう主張するのかな?」


「余計な詮索はしなくてよい。」


男は言った。


「黒竜ラウレスよ。きみはただ、言われた通りに、『神竜の鱗』を守り通せばいいのだ。


さすれば、約束通り、我はきみに、このランゴバルドの人間界での高い地位を与えよう。


経済的にも豊かで、人間の女性の歓心も得られやすい地位だ。」


「どんな地位なのか、伺いたい。」


黒蜥蜴は言った。


「空手形を連発する輩には、もう懲り懲りなんだ。」


「深淵竜たる、我ゾールが約するのだ。それが不満か?」


「経済的に豊かとはどの程度のものを指すのか。」


黒蜥蜴は、手袋に包まれた(これもまた黒い革でできていた)指を差し出して、一つ一つ折り始めた。


「定期的に食事が取れて、屋根のある場所で眠れる程度か?

眠る場所は、ベッドか?

眠る部屋は寝室が?

家は何室あるのか?

風呂はついているのか?」


「いずれも竜にとっては些細なことだろう。」

ゾールは小馬鹿にしたように言った。

「屋根のある部屋でベッドで眠れる。」


「なるほど、それだと牢獄も当てはまるな。」


黒蜥蜴の表情は、マスクに隠れて分からない。

だが声のトーンに嘲笑を感じ取って、ゾールは歯噛みした。


「分かった。


具体的な役職はともかく、冒険者ギルド連盟の要職と、言っておこう。」


渋々、ゾールは答えた。


「ついでにもう一つ、仕事を頼みたい。」


「ずいぶんと図々しいのだな、深淵竜。」


「人化に長けたお主しかできぬ仕事だ。」


黒蜥蜴、をもちあげるようにゾールは言った。


「真祖吸血鬼リンドがこの街にいるらしい。」


「聞いた名だな。本物なのか?」


「それを含めての、依頼だ。」

ゾールは笑った。

「場所はほぼ、特定できている。もっとも怪しい場所は冒険者学校だ。

そこに潜り込め。」

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