第66話 日常生活に至る魔法の真髄

清水を生み出し、浮かべ、そのまま維持する。

緩やかに流れを起こし、そのまま一定の速度を保つ。

そうだ、温度もぬるま湯程度に上げた方がいいかもしれない。


そこにいかなる呪いよりもおぞましい色に染まった竜の外皮を投入。


すでに長時間の酷使により、それは傷んでいる。

水流を調整し、ゆっくりと時間をかけて、そこに染み込んだ多様な呪いの元を取り除いていく。


繊維の一本一本にまでごびりつく汚物を、引き剥がし。しかし、繊維にはダメージを与えない。


そんな気の遠くなるような作業を、ぼくは進めていく。






「・・・それってただの洗濯、だよな。」


素裸もアレなので、シーツを被った竜が文句を言った。


「文句を言うなら自分でやれ。」


というと竜は黙った。


「・・・そちらの要求通りのことをしたまでだ。」

「別に、下水道の中を泳げとは、言ってませんけど?」

「しかたなかったんだ。全方位から、風の刃で攻撃されたんだぞ。

逃げる方向は、下しかなかった。」


「竜鱗があるでしょうに。

構わず、踏み込んで鉤爪一発で終わりですよ。」


「・・・・そうしたら、相手を殺してしまうだろう?」


複雑な表情で竜は言った。


「なぜ、笑う? というかそんな笑顔ができたんだな。」


「そうですか?」

ぼくは顔をなぜた。

「たぶん、これは『大変良くできました』の笑顔です。」


水球は、竜の皮が吐き出した呪いで濁り始めた。

二つ目の水球を作り出して、そちらに竜の外皮を移動される。


「竜の外皮っていうな。ただの服だからな!」


「着替えを持ってない以上、皮と一緒です。」


「買った方がいいんじゃないか? 神獣ギムリウスさまの糸のマスクはともかく、そいつは別になんの付与魔法もない。本当にただの服だぞ。」


「無駄使いするお金がないんです。というより、そもそもお金がないんです。」


「上古の神獣がか?」


「上古の神獣がそもそも現代の通貨を持ってると思いますか?」


「冗談で言ってるのか? 体の部位一つとってもとんでもない値段がつくぞ?」


「そこからどんなアイテムが作られて、どんな惨劇が起こるか考えると、ぼくは、素直に居酒屋でジョッキを運ぶ方を選びますね。」


居酒屋で、コックをしている竜は、納得できたようなできないような顔で、唸った。


「なら、リアモ・・・・アモンさまの体の部位ならどうだ。そっちなら呪いの効果はほとんどない。」


言いかけて、竜は絶句した。


「気がつきましたか?

つまりそれが、今、あなたや深淵竜やら、ロゼル一族やらが、躍起になって手に入れようとしている『神竜の鱗』です。


・・・だいたい、神竜の鱗が5枚揃うとどうなるんです?」


「・・・神竜が現れて、なんでも願いを叶えてくれると。」


「その時点で嘘だってわかりますよね?」


濯ぎに入る。

清水を循環させながら、ゆっくりと。ほつれ、はいくつか見受けられたが、これは元からあったものだ。

よし!完璧な洗濯だ。


次は完璧な乾燥と完璧なプレスで。


「わたしはこれからどうすればいい?」


「予定だと、今日は西門前の市場でしたね。」


「続けるのか!」


「もちろん、ちょこっとした変更は加えます。」


ぼくは、竜を慰めるつもりで言った。


「今日は服が乾かないのでお休みにします。


あと・・・・今度ロゼル一族の奴らに襲われたら、逃げてもいいですよ。」

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