第65話 黒蜥蜴対ロゼル一族
聞け!
我が名は怪盗黒蜥蜴!
狙ったものは、必ず盗み出す。
天下の大怪盗だ。
こたび、我は、このランゴバルドの秘宝「神竜の鱗」を我がものとすると決めた!
ナナの月サンの日。
我は、ランゴバルド博物館に参上し、必ずや「神竜の鱗」を頂戴する。
あらゆる抵抗は無駄と知るがよい。
クアッァアハッハッハ!
罵声と一緒に飛んできたのは、魔法のアイスニードル。
火炎や電撃では、いま、ラウレスが貼り付いている時計塔を、壊したり、火事になったりする可能性があるから、魔法のチョイスも的確。
さらにこの距離まで正確に届かせるのは、並大抵の技量ではない。
たまたま、時計台広場に居合わせたものの中にそのような魔法士がいるとは。
さすがに冒険者の国ランゴバルド。
舌を巻いて、ラウレスは退散する事にした。
マントをひろげて、時計塔から飛び降りる。
建物の屋根から屋根へ。
追ってくるもなのはいなかった。
うむ。
楽しい!!
今日で3日目だったが、ラウレスはこの仕事を楽しんでいた。
大勢の集まるところで、パフォーマンスするのがこんなに楽しいとは!
ラウレスは思った。
わたしは役者に向いてるのかも!
いやいや。
あれはあれで、厳しい世界ときく。
特に下積みの、間はろくに賃金もないらしい。
ラウレスは、かつてミトラでそんな役者の卵である女性と付き合っていたことがあった。
その日の生活にもことかく、彼女に生活費もだいぶ、援助したものだった。
彼女が、舞台役者として、人気が出て仕事も忙しくなると、会う時間も自然と減り、自然に関係は消滅したのであるが、あれはなんというのか。
金づる?
いやいや、そんなことはあるまい。
竜族のもつ人化してもなお、隠せぬ高貴なオーラ、精悍さのなかにどこか子供っぽさを残したこの美貌に彼女が惚れ込んでしまっただけだ。
うんそうだ。ぜったいに生活費のために無理に付き合ってたんじやないぞ。
ぜったいに、な!
怖い考えが頭の片隅をよぎったので、慌ててラウレスは思考を切り替えた。
それにしても人前でのパフォーマンスはいいな。
そうだ、こんど「神竜の息吹」のギルマスに、対面型のキッチンを作れないか、相談してみよう。お客の目の前で、肉をカットし、豪快かつ繊細に調理をしながら、出来たてを食べてもらうのだ。これはウケる!
人気のない路地裏で、服を着替える。
リバーシブルの上着は漆黒から、何の変哲もないベージュのジャケットへ。
そしらぬ顔で人混みに紛れれば、今夜のノルマは修了。
さて、「神竜の息吹」に戻って調理でもするかな。
その前に、小柄な影が立ち塞がった。
全身を黒いマントに身を包み、顔も目の部分以外はベールに隠れていた。
「見つけた。黒蜥蜴。この痴れ者が。」
「はて、なんのことでしょう?」
「マスクを付けたまま!」
なるほど。確かに言われてみれば !
声はまだ若い、少女のものだった。
その両手にずっしりとした木の棒が現れる。
収納魔法?
いや、魔法を使った様子はない。
ならば。その、身長ほどもある長い棒をどこに隠し持っていたのか。
『達人、というヤツだな、これは』
ラウレスは、密かに思った。
しかも、棒術には先日の苦い敗北の記憶もあった。
ひるるっ。
棒が旋回するその音が、耳の中を掻きむしった。
脳の奥まで攪拌されるような衝撃に、たまらず、ラウレスは膝をつく。
竜鱗の防御が効かない。
おそらくは、彼がまともな竜であり、たまたま今日、人化したのだったら、これで勝負は終わっただろう。
だが、幸いにも、あるいは不幸にもラウレスは、負けなれていた。
意識を刈り取るための棒の一撃を、肩で受けながらそのまま、相手の膝にしがみついた。
いや、そのつもりだったが、相手が予想以上に小柄だったため、ラウレスは彼女のお尻を抱きしめつつ、股間に顔を埋めるような姿勢で密着することになったのだ。
声にならない悲鳴は、あるいは可聴音を超えていたのかも知れない。
身長ほどもある棒は、ここまでの接近戦には向かないはずだったが、少女は構わなかった。
持ち手を変えて、突きの形で振り下ろされる棒は、人間ならば十度は死ねただろう。
この意味で、今度は竜鱗の防御は確かに有効だったのだ。
「わぁああああああっ」
悲鳴に近い声をあげて、少女はラウレスの耳に指を突っ込んだ。
そして、電撃。
頭の中を火花と星が駆け巡り、ラウレスは、たまらず距離を置いた。
「落華乱下」
技の名をつぶやいたのは、それが魔法の発動をも助ける「力のある」言葉だったのか。
少女の周りを舞った風の刃が、ラウレスの周りに転送される。
360度。
全方位から繰り出される風の刃は、避けようもない。
が。
ラウレスは力いっぱい地面を殴りつけた。
地下には下水道が通っている。
土砂や土塊、砕けた煉瓦と共に、そこにラウレスは落ちた。
水流の流れは早い。
そして当然ながらあまりきれいな水ではなかった。
少女が追って飛び込むのを躊躇する程度には。
やたらなところで、脱出しても汚水まみれのまま、街中をうろつくことになるため、ラウレスは、そのまま、浄化処理場まで流されて、職員に救助された。
こうして、ラウレスはその生涯で4度目の敗北を汚水の中でじっくりと噛み締めることとなったのであった。
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