第64話 深淵にひそむものたち

そこは異界であった。


地の果ての果てか。あるいは海の底か。天空の彼方か。

光は青白く、仄暗い世界を見通すにはあまりにも弱い。


ロゼルの長。「紅玉の瞳」。


そう呼ばれる立場にあるその者にも、元いた世界と「ここ」がどうつながっているのかわからない。


ただ、ここが、物理法則さえもことなる別の世界であることは理解できた。


「わかるか? ここが何処か。」


聞こえる声は耳元でささやくようであり、はるか遠くから木霊するようであり。



「わからぬ。」


短く、簡潔に、正直に。


「紅玉の瞳」は答えた。


「さもあろうな。」


声は満足そうに笑った。


「さあて、いくつかヒントでもだそうか?」


「いらん。」


「紅玉の瞳」の答えは短く、意思ははっきりしていた。


「どうでもよい。強いていうならば『迷宮』に似た元の世界とは隔離された別空間の一種なのだろう。

高度な魔法であり、膨大な魔力を必要とするものであることはわかる。


だが、我々には興味がない。」


声の主は・・・明らかにこの世界について、あるいはそこを作り出した己の魔力について、自慢をしたかったのだ。

それをくじかれて、声に狼狽がみえる。


「そ、そうか。卑賎なるものに我が力の偉大さはわからぬか。」


「高度な魔法の構築であり、人間には到底維持できぬ魔力量を必要とする・・・

そう言っている。」


「紅玉の瞳」の声はあくまで淡々としていた。


「だが、我々は、おまえに感心し、その力を賛美するために集まったのではない。

ここまで、我々はおまえの指示にしたがって、ランゴバルドにやってきた。


我らの望む報酬はただひとつ。


神竜の鱗。」


闇は沈黙をもって応えた。


「おまえは、我々に、おまえの持つ神竜の鱗の一片を見せた。東域の王宮にあったはずの一片も。さらに海底ふかく眠っていたというもう一片も。


ミトラの大聖堂の一片は、おまえの手引通り、我々が盗み出し、持っている。」


「紅玉の瞳」は沈黙した声の主になおも語りかける。


「ここからはどうする?


おまえの指示では、ここでランドバルド国立博物館から、鱗を盗み出せというものだった。


今度は『黒蜥蜴』と名乗る道化者が、神竜の鱗を手に入れると、犯行予告をばらまいている・・・」


「その『黒蜥蜴』は、おそらく黒竜ラウレスだ・・・元ミトラの聖竜師団の影の指揮官。グランダで失敗をしでかして、放逐された。」


「なぜ、古竜がそのような道化の真似事をする?

なぜ、とっとと、神竜の鱗を手に入れないで『黒蜥蜴』などと名乗って、犯行予行などするのだ?」


「え・・・っと、あいつは昔から変わり者で・・・」


「紅玉の瞳」に脇に跪いていた小柄な影が、笑いをこらえきれず、プッと吹き出した。



「情況も少し変わってきている。


おまえの異世界を作り出す魔力には、我々はどうあがいても抵抗できない。


そう思って、おまえの言うがままに、動いてきた。だが・・・」


そう言って、「紅玉の瞳」は、傍らの影の頭をそっと撫でた。


「この者は、真祖たる吸血鬼にあったと、そう言っている。」


またも沈黙した声の主に向かって、「紅玉の瞳」は告げた。


「真祖吸血鬼リンドに会った、と。」


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