第63話 怪盗黒蜥蜴参上!

「なんで。」


ラウレスは泣きそうだった。ぼくも可哀想でもらい泣きしそうだったが、涙をこらえて笑って見せた。


「わ、笑ってるし。」


「いや、そんなこと。」

ぼくは最後に、被り物を渡した。

鱗状の青黒い肌を模したそれは、実はギムリウスの糸製である。

本当は、表情筋の動きまで計算して、丁寧に作らないと肌が擦れて大変なことになるのだが、こいつならいいだろう。


いや、ラウレスがどうなってもいいと言うことはなくって、古竜なら竜鱗を常時展開できるはずなので、さすがに肌荒れでどうのはないだろう、とそういう意味。


「名前もダサい。」


ラウレスは、マスクを被った。


「うん、いいぞ。すごく『怪盗黒蜥蜴』っぽい。」


ぼくは、あれこれ考えた結果、ラウレスの案を一部採用することにした。


すでに、ランゴバルド国立博物館では、『黒蜥蜴』を名乗る盗賊から神竜の鱗を守るべく、着々と準備を進めているだろう。

怪盗黒蜥蜴の犯行予告が、偽物だと知っているのはニフフ老だけだった。


すでに、いくつかのマスコミがこのニュースを取り上げている。

本当に鱗を狙っている組織があるなら、焦るはずだ。


自分たちが盗む前に、他の誰かにそれが奪われてしまったら・・・・


そうなる前に動かざるを得ない。

こちらは学生なのだ。いつ行われるかわからない犯行をじっと待っている暇はない。


「よしっ!」


黒尽くめのコスチュームは、もともとラウレスが着ていたものだ。

なんだかそれっぽいマントとこのマスクで、これであなたも『怪盗黒蜥蜴』。


「よし・・・って。犯行予告の日までまだ10日もあるんだけど。」


「今晩から、君は、人の集まるところに現れて、ナナの月サンの日に、神竜の鱗を奪うというこのビラを撒いてから、高笑いをして姿を消してもらう。」


「そ、そんな」

ラウレスは手で顔を覆った。

「そんな恥ずかしいこと・・・・」


「いや、このマスクを被ってる間は、きみは変態トカゲのラウレスではない。あくまで『怪盗黒蜥蜴』なので、そこは割り切ってください。」


「で、どうなるんだ。」


「奴らは、取り敢えず、邪魔者を排除するために、動くか・・・・またはこちらの予告日前に、鱗を奪いに来る。

どちらにしてもじっくり待って、好きなタイミングで動くという相手のメリットはなくなるわけだ。


ぼくも10日くらいなら、授業をサボって、博物館に詰めてもいい。」


「こ、こっちが襲われたら・・・」


「そこは腐っても変態トカゲのラウレス君だから、自力でなんとかしてください。」


せめて、腐っても古竜と言ってくれ・・・とラウレスはなおも駄々をこねていた。



ランゴバルド国立博物館は、美術品に造詣の深いものなら何日いても飽きないだろう。

規模も大きいし、収蔵している美術品、工芸品の数量は数知れない。


問題の「神竜の鱗」は、3階の魔道書を展示してあるコーナーの隠し部屋にある。

とはいえ、魔法的に見えにくくしているだけで、実際に遮断されているわけではない。一般のお客だって、入れる場所だ。

(もちろん、展示品は地味な一角なので、それほど人通りが多いわけでもない。)


つまり雑に言えば、盗みにくいけれど、盗すめない場所にあるわけではなく、かといって、「神竜の鱗」の意思がここにい続けることを望むので、どこかに鍵をかけて保管もしにくい。

盗む側にも守る側にも悩ましい。そんな位置にあるわけだ。


さらに、奪ったはいいが、神竜の鱗は貴重すぎて売ることもできない。

ロゼル一族なるものは、なにを考えいるのか。


「そこいらもうまく、接触できれば解決する。」




「手を貸そうか。」

と申し出てくれたメイリュウの申し出は、断ることにした。

「手を貸すかわりに、優秀な調理人を取らないでくれ。」

と言うのが、メイリュウの言い分で、まったく、どこの世界に黄金級の冒険者に焼き物担当をさせてるギルドがあるのだ。


紹介したのは、ぼくだけど。


ラウレスに、今日は広場の凱旋門の上でのビラ巻きと、高笑いを命じてから、ぼくは、ここまでの報告のため、ニフフ老を訪ねた。


博物館の入口の警備兵は、この前見た2人から4人に。

中も角ごとに警備官が立ってくれている。


例の小部屋にたどり着くと、そこで冒険者を紹介された。


「『暁の戦士』のブルッセルだ。」


鉄級パーティで護衛や警護を主に行っているそうだ。


ぼくのことは、冒険者学校で実際の現場を体験させるための校外学習をさせることがあるので、そういう生徒のひとりだと思ってくれたようだった。

内心はどう思っているのかはわからないが、少なくとも乱暴な物言いではなかった。


冒険者の社会的な地位が高いのは、いいことかもしれない。


「なにかスリリングなイベントを期待していたら申し訳ないが」

と、ブルッセルは笑って言った。

「この手の犯行予告は、十中八九、ただの嫌がらせであることが多い。

黒蜥蜴なる賊は、いままで活動した履歴も見当たらないしね。」


そこで声を低くした。


「実はその前に、鱗が、自分のものだと主張してきたロゼル一族のほうが気になってるんだ。

少なくとも犯罪組織としての活動はかなり長期に遡れる。


それにね、コイツらは盗賊としてより、殺し屋としての実績のほうが上なのさ。


神竜の鱗に目を向けさせておいて、さらに良からぬことを企んでいるような気がしてるんだ。」

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