第62話 神たる竜の鱗

「ランゴバルド博物館の副館長を務めるニフフ、と言うのは、わたしの古くからの友人でな。」

20代にしか見えないルールス教官は、どうももっと年配の喋り方をする。


実際に見かけ通りの年齢ではないのかもしれない。


しかし。

それを言ったら、吸血鬼二人もそうだし、ギムリウスもそうだ。エミリアも怪しいものだと思ってるし、あらためてそのことを話題にするのは、憚れた。


「ニフフさんには、前の休息日に外出した時に会ってます。どうもぼくを年を経た魔導師だと思い込まれたようでした。」


「ほう? 違うのか?」


ルールス教官は面白そうに言った。


「ええっ!違うの!?」


ネイア先生、あなたまで。


「ルトはいろいろ物知りなので、転生者だと思ってました。」


ギムリウスがそういうが、それはおまえがものを知らなすぎるだけだと思う。


「・・・ぼくのことはさておき。」

ぼくは、ニフフ老との話を、みんなに説明した。


「ふむ。犯行予告。ロゼル一族。しかも竜鱗を『返せ』ときたか。」


「心当たりはありますか?」


「ロゼル、は上古に西域さかえたミスレア王国の末裔だ。」


「へえ? ミスレアの。」

ロウが身を乗り出した。

「わたしは、そこのアーレスって港町に何年かいたよ!」


「流石に真祖」

ルールス教官は畏怖したよう椅子に深く座り込んだ。

「ロゼル一族は、そのミスレア王国に仕えた精鋭部隊の末裔だというのだが、これがいささか嘘くさくてな。」


そう言って、ロウを見た。


「真祖殿は、ロゼルなるものどもの名をきいたことがあるか?」


ロウはちょっと考えて答えた。

「ない。でもわたしもミスレアの中核に関わっていたわけでもないから。」


「現存するいかなる文献にも、その名は出てきたことはない。」


まあ、魔族戦争の最中に資料が失われた可能性もあるが、

と前置きして、ルールス教官は話をすすめた。


「わたしの推論はこうなる。

上古の昔から連なるロゼル一族なる集団はあるが、それはミスレアの政府や軍とはまったく関係のない裏社会の組織だったのではないか、と。」


椅子から立ち上がると、部屋を行きつ戻りつしながら、続けた。


「今ではフリーランスでどこの依頼でも請け負う。やることは主に盗難と暗殺。派手な動きはせんし、もっと大きな組織に楯突くこともせん。新興勢力が台頭してきたら、そっと縄張りを譲ってしまう。」


そこで声を高くした。


「だからと言って、奴らを甘く見ることはできん。

ときどき、奴らはみずから犯行予告をだして、暗殺や、盗難を実行してきた。

それは成功率100%だ!」


「『神竜の鱗』を『返せ』と言ってきたことについては?」

「なにしろ、世界に5枚しかない代物だからな。」

ルールス教官は顔を顰める。

「今はランゴバルド博物館に鎮座してある。王家の祖先が神竜皇妃リアモンドから直接もらったと、そう記録にあるがそれも怪しくてな。」


「ロゼル一族のほうに、所有の正当性がある、と?」

「ロゼル一族の首領は『紅玉の瞳』と名乗っておってなあ。」


ぶっ


ロウが、お茶を吹き出して咳き込んだ。


「紅玉の瞳、のほうは心当たりがおありか?」


「ある。当時、世話になっていた暗殺組織だ。そこの、名が紅玉の瞳。

だが、神竜の鱗とはまったく接点が見つからない。」


考察はそれ以上進みそうもなかったので、ぼくは話しを続けた。


「で、その帰り道で、ラウレスと名乗る竜人に襲われまして。」


「ラウレス? それってこの前、エミリアとリウがボコったやつじゃない。」


ロウも初対面の時はもうちょっと威厳のある喋り方をしてたもんだが。


「聖帝国の竜人部隊の長だったが、グランダとの外交交渉がうまくいかずに、解任された。まあ、公式には引退くという触れ込みで、ここには黄金級冒険者の資格をもって滞在していた。

とくに依頼はなにもはたしていない。」


ルールス教官の情報網は大したものだった。


「その、お主らの入学試験のアクシデントのあと、姿をくらましていたはずのあの男が何故!?」


「狙いは神竜の鱗でした。」

ぼくは肩をすくめた。

「深淵竜と名乗る古竜に、神竜の鱗の盗難を阻止し、犯人を捕まえるよう命令されたらしいですよ。

博物館に、置いておくより自分が持ってた方が安全だから、と、嘯いてました。」


「で、それをお主が阻止したのか?」


ルールスはぼくの胸ぐらを掴んだ。


「どうやって! どのように冒険者学校の生徒が竜人で黄金級冒険者に!」


「口げんかです。」

ぼくは胸をはった。

「言い負かしました。とはいえ、実体はロジックの応酬ではなく、悪口の言い合いです。」


「で、ラウレス殿はいまどちらに?」


「行くあても無さそうだったので、『神竜の息吹』を、紹介しました。」


ふむ。

と言って、ルールス教官は、椅子に座り直した。


「それは、良い、判断だったな。あそこは、一から立て直し中だ。腕のたつ冒険者は何がなんでも欲しいだろう。」


ほんとに働いているのは、厨房だったが深くは触れないことにした。


「で。乗りかかった船、という言葉もある。

神竜の鱗の護衛はお願いできるだろうか?」


「お付き合い程度なら。」

と、ぼくは答えた。


「首尾よく依頼をはたせたら、特待生にしてやる。」


「もともと、冒険者学校は授業料も寮費も食費もただですよね。」


なので、月々、生活補助金を出す。寮部屋も希望すれば個室も用意する。


と、ルールス教官はどこか悪そうな顔で言った。

金額をきくと、なかなかよい額だった。


仮に失敗した場合でも、神竜の鱗なんかいくらでも補充がきくしな!


あとで鉄級の資格付与のうえ、即。卒業の条件でもつきつけてやれば、と気がついた。

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