第61話 再びローゼバックの真実の眼

ルールス教官は、相変わらずだった。


相変わらず、顔の半分を覆うような分厚い眼鏡をかけて、口はへの字。

眉間のあたりに神経質そうなしわを寄せている。


「いろいろと世話になったようだ。」


それでもそんなことを言って、ぼくに頭をさげた。


「世話になった『よう』というのは?」


「これまで都合、7回、殺し屋に狙われたが、雇ったのは『神竜の息吹』、学校内で手引をしたのは『神竜騎士団』、確たる証拠はないが、ほぼ真っ黒だ。」


ルールス教官は見た目は20代に見えるその顔で、ほとんど子供といってもいいぼくらに、本気で頭を下げた。


「今回の一連の騒ぎでみな頭が入れ替わった。

以降、殺し屋騒ぎは一度も起きておらん。


つまりはお主らが、やつらの頭をすげかえたおかげで、わたしは命拾いをしたということなのだろう。


ネイア!」


控えた吸血鬼が歩み出た。


「ルトをおまえの従属化から解除してやれ。」


は?

気まずい沈黙が、流れた。


「どうした? おまえはルトの血を吸って下僕にしたのだろう。それを解除してやってくれ、と言っている。」


「あ、はい。」


ネイア先生は慌てている。実際はネイア先生が血を媒介にした契約によって、ぼくにテイムされた状態にあるのだ。

当初の設定をネイア先生もぼくも忘れていたところにそんなことを言われたら・・・


慌てるよねえ。


「ええっと・・・・それでは、ルトくんはもう自由でーす。

パッパパラリヤ~」


もっともらしい呪文のつもりでそれを言ったのだとしたらあまりにも酷すぎた。


「お、お、お疲れ様でした。」


「仕事帰りの後輩かっ!」


「ルールス先生、ネイア先生はずいぶんとお疲れの様子です。」


ぼくが助けにはいるのは、明らかにおかしいのだが、見てられない。


「少し、休暇を与えてはいかがでしょう。」


「吸血鬼が休暇?」


ルールス教官は、困ったように首をかしげた。


「そりゃあ、いままでのような警備が必要なくなれば、ネイアを一日中拘束しておく必要はないが・・・

吸血鬼が休みをとってなにをする?」



「そうですね。」

ぼくは考え込んだ。さすがに吸血鬼の知り合いは少ないのだ。例えばロウ=リンドだったら・・・

「街で珍しいものを食べて、服を買うとか。」


「吸血鬼は、血を、人間の生気を吸って自らの力とする。食事の必要はそもそもない。それと・・・」


ルールス教官は少し悲しげな目でネイア先生を見た。


「ネイアのこのボロは、かつてこの子の親吸血鬼が身につけていたものだ。ときがたち、このようなボロ布になりはてても手放すことはできず、これ以外を身につけることなど考えもできんらしい。」


「ネイア先生の親吸血鬼というのは・・・」


「滅ぼされた。もう10年は昔になるかな。

冒険者によって退治されたのだ。


大した冒険者でもなかったのだが、えらくタフなやつだったらしい。倒しても倒して立ち上がり、最期にはこの子の親に止めをさした。」


「名前をきいてもいいですか?」


「・・・まあ。」

ルールス教官はネイア先生が頷くのを見て続けた。

「いまも現役で冒険者をしておる。『彷徨えるフェンリル』のザックという男だ。」


なるほど。


「その冒険者には心当たりがあります。」


ぼくは言った。


「グランダの『魔王宮』でお世話になった冒険者です。いまは『フェンリルの咆哮』と名乗っていますが。」


「・・・大丈夫です。

当時の我が主は、『乾きの発作』に取り憑かれておりました。ほとんど自我を失いいくつもの村や街を渡り歩いて多くの犠牲者を出していたのです。


退治されたのは、己の責任です。

わたしも・・・」


ボロ布のハシを持ち上げた。


「もし、新しい服を着てもよいのなら、そういたします。」


「もちろん着ていいよ!」


ロウが明るく言った。


「よし、今度の休息日は、いっしょに服を買いにいこう!」




「ネイアの話はよいとして・・・」

ルールス先生は、新顔のエミリアを見つめた。

「おまえのクラスの子だね? なぜ連れてきた?」


「ルールス先生、はじめまして。」


エミリアはにこやかに挨拶をした。田舎から出てきたいかにも純朴そうな笑顔だった。


「わたしは、リウの代理できました。エミリアといいます。」


「ふうん」

とだけ、ルールス教官は言ってしばらく黙り込んだ。


「ふむ・・・ネイア、お茶をいれておくれ。ときが移る。

ランゴバルド博物館の神竜の鱗の話でもしようじゃないか。」


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