第4部 怪盗ロゼル一族と神竜の鱗

第56話 ところで誰が強いのか?

「はっきりさせとこうじゃないか。」

夕食後にロウ=リンドの部屋で、就寝までのひとときの無駄話に興じているときに、そんなことを言い出したのは、アモンだった。


「はっきりさせる必要があるか?」

リウは嫌そうだった。

どちらかと言えば、リウの考え方が、魔物に近い。

魔物は、不必要な戦いはしない。

戦うかどうかのポイントは『自分を害する程度の実力があるか』であって、そのラインを超えた相手には、敬意と友愛を持って接する。


だからアモンのこの考え方は、竜族、あるいは人間に近いのだろう。


ギムリウスが手を上げた。


「わたしはパスするのです。」


それがいいと思う。


ギムリウスが本気で戦うということは、城砦ほどもある「本体」と無数の蜘蛛軍団を呼ぶことになる。

戦うなら、「迷宮」クラスの閉鎖空間を用意しないと、とんでもないことになる。


「わたしもヤダ。

わたしが弱いに決まってる。」


ロウ=リンド。

偉大なる真祖吸血鬼があっさりとそんな弱音を吐く。


「ネイアが泣くぞ。」

とぼくはからかった。

ネイアは、ぼくたちのクラスの担任。西域風に言えば、子爵級の吸血鬼だ。教師のかたわら、前学長の護衛を務め、少なくとも7回。主人を襲撃から守っている。

戦っているところは見たことがないが、体を霧状に変えることができるのは、ぼくらはみんな見ていた。

術者としては、まあまあ、だ。


「ラウルを呼んでいいなら考える。」


「わたしもユニークを呼んでいいなら。」


ギムリウスが身を乗り出した。まあ、そうなるよなあ。


ちなみにギムリウスが「ユニーク」とよんだのは、彼女が作り出す蜘蛛軍団の中でも、特殊な能力を持たされた変異体のことだ。

まあ、通常の冒険者のパーティなら全滅するだろう。実際、グランダの冒険者が総出で押しかけた魔王宮で、それに近いことが起こっている。


「それは場所をとりすぎる。準備も大袈裟になりすぎだ。」

アモンが言った。

「なら、わたしとリウとルト、でいいか? 参加者は。」


「ぼくを巻きこまないでほしい。」

ぼくは断固抗議する。

「真祖が、びびって尻込みするような戦いに、ぼくを巻き込むな。」


「ロウの首を刎ねたフィオリナの師匠が、ルトだろう? 十分資格はあるんじゃないかなあ・・・」


アモンはにやにやと笑った。この笑い方をすると、本当に爬虫類が牙を剥き出してるような気になるから、やめてほしい。


「お互い同士が戦うんじゃなくて、第三者に決めてもらう、というのはどうだろ?」


ロウは、言った。


「どうやって?」


「うん、三人が同じ相手と模擬戦をしてもらう。それで誰が一番強かったか決めてもらう。」


ロウは、話しながら考えがまとまってきたらしく、だんだん、口調が自信ありげになってきた。


「相手を殺しちゃ、もちろんだめ。口がきけなくなるような、ダメージもアウト。

その条件で、これは強い!と相手に認めさせること!」



「具体的に誰が?」

リウは、この考えがちょっと面白かったのか、身を乗り出した。

「それこそ、ネイア先生に頼むか?」


「ネイア先生は、ルトの従魔だよ。公平に判断できるわけない。」


「しかし、そこそこの実力があり、うっかり攻撃があたったくらいじゃ死なない相手となると。」


「ドロシーはどうかな。」

ロウはさらっと意外な名前を出した。


「あれは普通の女の子だぞっ!」

ぼくは抗議した。声が荒くなってたかもしれない。


「わたしが、あれからも、かなり仕込んでる。

防御のほうは、ギムリウスの糸のボディスーツがある。」


「面白いかもな。」

「リウ!」


魔王は、ぼくを見てにんまりと笑う。


「体調がよければ、エミリアとも思ったが、退院直後ではきついだろう。

いいぞ、ドロシーで行こう!」


「いや、ちょっとドロシーの都合もきかないと!」


じゃあーん。


と言いながらロウが、寝室のドアを開けた。

銀のボディスーツのドロシーがこっちを睨んでいる。顔は真っ赤だ。

体のラインが丸見えなのだから、気持ちはわかるが。


あのな、ドロシーよ。

そういう時は、堂々と仁王立ちしてればいいのだ。


胸と股間を隠そうとすると余計に、いやらしくなってしまうから。


「ドロシー、くるっと回って背中見せて!」


ロウが言う。まあ、背中なら、とドロシーはくるりと回って見せたが、そうなると当然、お尻のラインは丸見えだよねえ・・・


「な、いいだろ?」


とロウが言ったので、ぼくは頷いた。


「だいたい、打撃系の技は背中見た方がわかる。よく鍛えた・・・というか、魔法使いに何を仕込んでるんだか。」


「ギムリウス。場所を移そう! 東館の体育館を借りてある。」


おい・・・ドロシーの前でいくらなんでも転移魔法はまずい。

ぼくが言いかけた瞬間に、ぼくらは、体育館のコートの真ん中にいた。


ドロシーは、別に慌てた様子もないところを見ると、転移を使われたのは初めてではないのだろう。


ロウだって転移はよく使うのだ。


「さあ・・・てと、まずはルトからだよね。」


ロウは余裕たっぷりに笑った。


「ほ、本当にやるんですか?」


「当たり前だろ? 会話は全部聞こえたはずだ。きみに怪我はさせない。」


「で、でも・・・・」

優しいドロシーは口ごもった。

「ルトに怪我をさせちゃったら・・・」


「大丈夫! 死にそうになったら、わたしが噛んであげるからっ!」


吸血鬼にするってことだよねえ?それ。

「大丈夫」の言葉の意味が吸血鬼と人間では違うのだろうか。


「わかりました。やります!」


わかるなよ、ドロシー。おまえそんな子じゃないだろ?

初めて、試験会場であったときはマシュー坊ちゃんの腰巾着筆頭で、エミリアをかばったぼくらに、錆びた蝶番みたいな声で、わめいてたじゃないか。

あのときは、猫背で、表情が暗くて、骨ばっかり目立つ嫌な魔法使いだったのに。


いつからそうなった。


相変わらず、細いけど、適度に筋肉がついて、姿勢が良くなって、表情も明るくなった。


それに。


ええ?

てっきり、打撃技で来ると思ったが、ドロシーは腰を落としていきなりタックルにきた。


やばい!

姿勢を低くして突っ込んでくる相手の頭上を飛び越えるのは、普通に踏ん張るより、はるかに難しいが、ほかに方法は無い。


「・・・・いやあ、わかってるねえ・・・ルト。組み付いた瞬間に電撃魔法を狙ってたんだけど。

名付けて、リンド式サンダーアタック。」


「ダサっ!」


「ださ、言うな!」


ドロシーはそのまま、両手を前について後ろに蹴りを放つ。

これも躱す・・・・打撃に魔力が乗っている以上、素手で受け止める方法はない。


踵から爪先へ、氷の刃が生えていた。


向きを変えて再び、タックル。


「攻撃しないと!ルト!」


ロウが笑った。


やりにくい。


生半可な攻撃は、ギムリウスの糸で作られた銀のボディスーツが吸収してしまうのだ。

だからと言って、スーツを破壊するような攻撃はもちろん、ドロシーも傷つけてしまうし。


3回目のタックルはわざと組み付かせた。

倒されて、ぼくの上にドロシーが馬乗りになる。

いや、電撃で来ると思って、耐性を上げてたんだけど。


「リンド式毒針エルボー!!!」


あのなあ。


躱さなかったら、顔面に氷の剣が突き刺さってるんだけど。


肘打ちをかわしたので、ドロシーの顔が目の前にある。目があった。

「わ、わあああっ!」


ドロシーが悲鳴を上げた。

別に変なところに触ったわけではない。


そういう目で見るな、ロウ=リンド。


「ルト、ルト、血が出てるよおっ」


それは、毒針エルボーとやらが掠めたからね。

ちなみに名前通り、毒も仕込んである。


解毒・・・いやいや、このくらい自動治癒術式で十分・・・なんだから。間近で息をかけるな!傷口を舐めるな!


違う、ロウ=リンド、わたしにも舐めさせろとかそういうシーンじゃない。


アモンは高笑いしているし、リウは苦笑いしている。


だから、どこからともなく舞い込んだ霧が、人の姿をとった時は本当にホッとしたのだ。


褐色の肌に緑の瞳。

相変わらず、元がコートかマントかも定かならぬ、ボロをまとった吸血鬼。

担任のネイア先生である。


いつものごとく、真祖であるロウに深々と土下座をした後、ぼくに向かって



「ルトさま、ただいまランゴバルド国立博物館より使者が参りました。

副館長のニフフより、お目にかかりたい旨の連絡です。いかがいたしましょうか・・・」


そこまで言って、ドロシーがいるのに気づく。

冷や汗を流す吸血鬼。


ドロシーは目を丸くしていた。


「え・・・ルトさ・・・ま? て、ネイア先生とどういう関係・・・」


「間違いました!」


ネイアはすくっと立ち上がると、強面の担任教師の顔で言った。


「ルト!ランゴバルド国立博物館のニフフ副館長より、火急にお目にかかりたいとのこと。

外出許可は取ってありますから、すぐに出かけなさい。


帰りが遅くなっても正門は開くようにしてあります。」


リウが笑い転げていた。覚えてろよ。次の休息日までおまえの服いっさい洗濯してやらん!



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